SSI(自己主権型アイデンティティ)ビジネスモデルの考察|摩擦の少ないネットワークで粘着質なサービスをいかに生むか

目次

  • 前提
  • SSIビジネスモデルと既存IDビジネスの5つの相違点
  • 既存オンラインビジネスの基本的なしくみとその限界
  • 広告販売に依存しないビジネスモデル
  • 摩擦の少ないゆるやかな囲い込みモデル
  • SSI固有のビジネスモデル整理
  • 総論

前提

本レポートではSSI(自己主権型アイデンティティ)を用いたビジネスモデル考察を行います。
SSIの基本概念、DID、VC(Virifiable Credential)については以下の関連レポートを参照ください。
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SSIビジネスモデルと既存IDビジネスの5つの相違点

まず既存のIDビジネスモデルでは可能ではあるが、SSIビジネスモデルでは困難であろう5つのポイントを最初に整理します。
  1. データ販売が困難
    SSIユーザーに紐づくID情報、ドキュメント、データはユーザーに属するものであり、プラットフォーム、発行者、検証者のいずれにも属してはいません。ですので、データを検証者に共有する(販売する)にはユーザーの同意を必要とします。同意なしにこれを行うことはプライバシポリシーに触れる可能性もあり、推奨はされません。データ販売は不可能ではないものの、従来の中央集権型のIDビジネスモデルと比較すると非効率であると考えられます。

  2. 広告販売が困難
    オンライン広告はプラットフォームが保有する膨大なユーザーデータの質と量に大きく依存しています。ユーザーデータがプラットフォームに属さないSSIでは、得られるユーザーデータ量が限定的であろうと予想され、従来の手法で広告販売するのは実質的に不可能だと考えられます。

  3. マッチング、および両面市場の構築は困難
    両面市場の構築は不可能ではありませんが、従来の市場と比較して見劣りする可能性があります。SSIの概念に従うならばマーケット側が雇用主に対してユーザーのキャリアデータ(VC)を共有するには事前同意という追加作業が発生します。この事前同意の必要性というSSI固有の原則が取引摩擦につながるため、従来の両面市場のようなスムーズなマッチングが困難な非効率な市場になるのではないかという疑念を筆者は抱いています。ただし、実際にはユーザーのキャリアデータをVC(Verifiable Credentials)で表現して雇用主とマッチングさせようとする両面市場プロジェクトは存在します。自己申告ではない検証可能なキャリアデータであるというSSI固有の利点により、データの信頼性も向上するであろうことは考えられますので、この性質に対する市場ニーズと利便性の程よい塩梅を模索する必要はあるでしょう。

  4. クレデンシャル発行者、ユーザー間のインタラクションへの請求は望ましくはない
    VC発行者への請求は不可能ではありませんし、実際にはクレデンシャル発行や検証作業に対して課金するSSIプロジェクトは存在します。ただし、SSI業界が未だ黎明期にあり、ネットワーク上のユーザーが多くのVCを保有して、それを利用する場所が多くあるという前提となる環境が整っていない段階で、SSIの各操作に課金することは需要と供給を減少させ、採用を遅らせる原因となります。そのため、不可能ではないものの、現段階では望ましいモデルとは言えません。これはユーザー間の任意のインタラクションに対する課金についても同様のことが言えるでしょう。

  5. ユーザーの囲い込みが困難
    IDはオンボーディング時の情報入力やサービスへのデータ紐づけ、IDの相互運用性を限定することで、あるサービスから別のサービスへ乗り換える際の摩擦(スイッチングコスト)を生む性質を持っています。ヒトは多少の不便さよりも惰性による継続を好みますので、スイッチングコストが高いとIDがネットワークを囲うゆるやかな壁のような役割を果たします。しかし、SSIでのIDデータは特定のサービスやプラットフォームに属しておらず、相互運用可能であることが理想的な形とされています。この性質のため、IDが生む摩擦は軽減され、利用者はより良いサービスがあればそちらへスイッチする可能性が高くなります。この現象を端的に表す事例として昨年からのDeFiアプリケーション間の流動性遷移や相互運用可能なプラットフォーム間での流動性遷移が挙げられます。これはいずれにしてもIDによる摩擦がほとんどないネットワークで起きる現象です。重要な視点はこのような摩擦の小さなネットワークでは、大規模なマーケティングを行って顧客を囲い込むことは短期的な効果しか生まなくなるということです。
SSIモデルと既存IDモデルの相違点5つを紹介しました。この5つのポイントにはSSIビジネスモデルの困難さを感じさせる重要な2つの問いが含まれています。
Q1:「既存IDビジネスの主流であるユーザーデータ、トラフィック、広告販売に依存しないオンラインビジネスは成立するのか」
Q2:「摩擦のないネットワークでどのように粘着性を生み、顧客維持しながらオンラインビジネスを展開するのか」
これらの問いに対する明確な答えを筆者は持ち合わせておりませんが、一方で既存のIDビジネスモデルには限界があること、また類似の環境での前例がないわけではないこと、そしてSSI固有のビジネスモデルのいくつかは特定されていること。これらを包括的に捉えるとSSIビジネスモデルの確立は決して不可能ではないだろうと考えています。
次節からは、
  • 既存オンラインビジネスモデルの基本的な仕組みとその限界
  • 広告販売に依存しないビジネスモデル概観
  • 摩擦の少ないゆるやかな囲い込みモデルの考察
  • SSI固有のビジネスモデルの整理
を順に追っていき、上記2つの問いに対する筆者の考えを交えながらSSIビジネスモデルの考察を行います。

既存オンラインビジネスの基本的なしくみとその限界

オンラインビジネスの歴史を紐解くと、そこにはユーザーデータ、トラフィック、広告販売に密接に関係するビジネスが展開されていることがわかります。ここには当然ながらIDが該当サービスへの粘着性を生み、そこから生じる膨大なユーザーデータによって成立しているモデルとも言えます。
世界を見渡すとさまざまなオンラインビジネスモデルが確立されてきていますが、GAFAや米国スタートアップなど代表的な米国発オンラインサービスが展開するビジネスモデルは実は「広告販売モデル」「トランザクション/サブスクリプションモデル」の二つにその多くが大別できます。
例)
  • 広告販売モデル:Facebook、Google、Instagram、Youtubeなど
  • トランザクション/サブスクリプションモデル:Amazon、NETFLIX、Apple Music、Spotify
    ※無料会員は広告販売モデル、有料会員はサブスクリプションモデルのように併用しているパターンも多く存在します。
この他にも過去にHashHub Researchで解説したチャレンジャーバンクRevolutやインシュアテック企業Lemonadeのような新しいビジネスモデルを展開している新興のスタートアップでさえも基本的なしくみはトランザクション/サブスクリプションモデルであり、このモデルの中に集約できてしまいます。

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このようにGAFAのようなオンラインビジネスを支えるビジネスモデルは極めて限定的であり、収益源に多様性はありません。そして、特定のビジネスモデルはプロダクト、サービス内容をある程度制限する傾向にあると筆者は認識しています。どういうことかと言うと、ビジネスモデルは収益をどのように生むかを示す型であり、つまりはその特定された収益源の最大化のために重視されることがサービス内容に少なからず反映されるからです。

具体的に見ていきましょう。先に示した主要オンラインビジネスモデルを採用するサービスプロバイダーが重視することは以下のようなものに偏る傾向にあります。
  • 広告販売モデル:アプリのエンゲージメントと滞在時間を増やすこと
  • トランザクション/サブスクリプションモデル:課金前の摩擦をできるだけ軽減すること(例:Amazonのオレンジで視線を誘導する「今すぐ買う」ボタンなど)
これらのビジネスモデルの重要項目はユーザー、またはクライアントにとって、好ましい傾向を生む場合とそうでない場合があります。
例えば前者の「アプリのエンゲージメントと滞在時間を増やすこと」は、Youtube、Spotify、もしくはオンラインメディアのようにいくつかの制限はあるものの無料でコンテンツを消費することができると言う利点があります。IDを紐づけていれば関心のあるコンテンツをキュレーションしてくれることもあります。
その一方で私たちはこれらの無料コンテンツと引き換えに大量の広告を見聞きしなければなりません。それ自体が例えユーザーデータに基づき、利用者にとって有益な広告であったとしても、過剰な情報に晒されることは少なからずユーザー体験を損ねます。また過剰な情報に晒される利用者に対して配信される広告が本来クライアントが期待する効果を生むものであるのか、それはプラスではなくマイナスに働くこともあるという事実を加味するとビジネスモデルとしての脆弱性が見えてきます。
利用者、広告主にとって最適なオンライン広告の形は最適なタイミングで必要とする利用者のもとに必要最低限届く高効率なモデルであると言う仮説が成り立つのであれば、仮にそのようなモデルが出てきたときに今のオンライン広告販売形態は一部シェアを奪われる可能性はあるでしょうし、そのような収益源に大きく依存するオンラインビジネスモデルは成立しなくなる可能性があります。
後者の「課金前の摩擦をできるだけ軽減すること」は欲しいときに欲しいサービスを見つけて、摩擦なしに購入できる、消費できるという体験それ自体がユーザー体験の向上につながっています。
ただし、この重要項目がエスカレートすると悪意のある誘導で課金につなげるダークパターンという形で現れることもあります。言い換えるなら、看板は煌びやかだけれど、入り口を抜けたその先の佇まいは凡庸であった、というようなことも起きかねないということです。
またこの仕組みは課金前の摩擦は少ないけれど、課金後のキャンセルや解約は摩擦を強めに発生させる仕組みになっていることが多々あります。
このようなモデルはサービス提供者側が入口と出口の摩擦設計を重要視する動機を与えるものであり、相対的にサービス内容そのもので競争する動機を弱めるものとも言い換えられます。
またそもそもサブスクリプションという形態は定額課金により家計の管理が行いやすくなるという利点もありますが、一方で必要性を感じなくなった後も一定期間加入していなければならないというユーザー体験を棄損する仕組みも内包しています。このサブスクリプションという現代社会に定着した消費体験はある意味「思考の惰性」によって保護されているとも言え、その理由故に潜在的脆弱性を抱えている可能性はあるでしょう。
これら二つの主要オンラインビジネスモデルには二つのモデルを掛け合わせ相乗効果を生むような仕掛けが考案されており、利用者にとってさまざまなメリットとデメリットが存在すると考えられます。ここで述べたことはわざわざ明記するほどのことでもない自明なことと言えますが、筆者がここで述べたいことはこれらモデルの良い悪いではありません。
これら現在主要なオンラインビジネスモデルはこれまでの経緯から発生したある一つのパターンであり、その仕組みによってサービス内容がある程度制限されており、一部脆弱な側面も抱えているということです。そしてその脆弱性は市場における必要性の度合い、利便性が優っていることによって主流になっている可能性があるということです。最後に免責しておくと、筆者は今後これらのビジネスモデルがなくなるとは考えておりません。あくまでも一つの選択肢として認識しており、これらのメリットデメリットを認識した上で部分的に用いるモデルもあるだろうという主張です。
次節では一つ目の問いである「既存IDビジネスの主流であるユーザーデータ、トラフィック、広告販売に依存しないオンラインビジネスは成立するのか」を考えるために広告販売に依存しないオンラインビジネスモデルについて概説します。

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