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アテステーションサービスの市場概観、デジタル・トラストを構築する基盤技術の現在(EAS・SASの比較)

2025年06月23日
この記事を簡単にまとめると(AI要約)

目次

  • デジタル・トラストの基礎レイヤー:アテステーションの概要
    • アテステーションの定義:コンセンサス用語から汎用的なWeb3プリミティブへ
    • 補足:アテステーションとVCの違い
  • イーサリアム・アテステーション・サービス(EAS)
    • 設計思想:パーミッションレス、コンポーザブル、そして信頼性中立な公共財
    • 技術アーキテクチャ:スキーマ、アテステーション、リゾルバの洗練されたシンプルさ
    • プライバシーとスケーラビリティのスペクトラム:オンチェーン、オフチェーン、プライベートデータ・アテステーション
    • EASエコシステム分析:ボトムアップ型トラスト構築アプローチ
  • Solanaアテステーション・サービス(SAS)
    • 設計思想:規制金融のための高性能レールの構築
    • 技術アーキテクチャ:Solana Virtual Machine(SVM)を活用した大規模コンプライアンス
    • 主要な特徴:機関投資家向けユースケースのためのプライバシー、ポータビリティ、コンポーザビリティ
    • SASエコシステム分析:KYCとRWAオンボーディングのためのトップダウン型B2B2Cモデル
  • 比較分析|ターゲット市場と採用戦略:草の根 対 機関投資家
  • 市場の牽引役とビジネス応用
    • 機関投資家向けDeFiの解放:RWAトークン化におけるKYC/AMLのハードル解決
    • 分散型レピュテーションの台頭:シビル攻撃耐性からオンチェーンのソーシャルキャピタルへ
  • 中核的課題、将来の解決策
    • トラストのボトルネック:発行者の評判とトラスト・レジストリの重要な役割
    • ユーザーエクスペリエンスの難問:普及へのギャップを埋める
  • 総括:アテステーションレイヤーとトラストウェブの展望
本レポートは、ブロックチェーン・アテステーション(証明)サービスの現状について、包括的な分析を提供するものです。アテステーションは、Web3におけるデジタル・トラストを構築するための基盤技術として急速に進化しており、その市場は大きな転換点を迎えています。
本分析の中核となるのは、主要なブロックチェーン・エコシステムが採用するアテステーション戦略の二極化です。
本レポートでは、これらの現状を解説し、現在の課題と今後の展望について俯瞰します。
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エグゼクティブ・サマリー
  1. アテステーションの重要性
    • Web3における「信頼の基盤」として急速に台頭。オフチェーン/オンチェーンでの証明(信用情報、KYC、評判など)の記録・検証を可能にし、各種アプリケーションの自動化や透明性向上を牽引する。
  2. 二大アプローチの対比
    • EAS(イーサリアム系): パーミッションレスで汎用的。誰もが自由にスキーマ登録・証明発行でき、評判システムやDAOガバナンス、ソーシャルアプリなどボトムアップなイノベーションを促進。課題は「誰の発行を信頼するか」のレジストリ整備とガス/プライバシー管理、UX向上。
    • SAS(Solana系): 機関投資家・規制対応に特化。KYC/AMLやRWAトークン化を前提とするトップダウン志向で、Solanaの高性能を活かしつつ暗号学的証明のみオンチェーン保存。課題は信頼発行者依存のリスク管理と継続的な規制対応。
  3. マルチチェーン/多様な選択肢
    • Privado ID(Polygon): ZKPネイティブで強いプライバシー保護。
    • Avalancheサブネット: ネットワークレベルで許可制・コンプライアンス統制可能。
    • Polkadot People Chain/KILT: エコシステム横断の共有ID基盤としての自己主権ID。
    • L2統合(Optimism/Arbitrum): 低コストでマイクロインタラクション証明を大量に扱うユースケースの拡大。
    • クロスチェーン相互運用: LayerZeroやChainlink CCIP等により、チェーンをまたいだ証明流用が進む。
  4. 市場ドライバー
    • 規制圧力(MiCA、FATFなど)→コンプライアンス対応済インフラ需要急増。
    • Web3ネイティブな評判需要(シビル耐性、信用スコア、自動化ガバナンスなど)→自由度高い汎用プラットフォーム活用拡大。
    • UX/アカウント管理進化(アカウント・アブストラクション、次世代ウォレット)→一般ユーザー導入障壁低減。
    • トラスト・レジストリ整備→発行者信頼担保の仕組み構築が共通最重要課題。
  5. 示唆・推奨
    • 開発者/プロダクト: ユースケースに応じてEAS系かSAS系(またはPrivado等)を選択し、アカウント抽象化・ウォレット統合でUXを最適化。発行者信頼モデルやプライバシー設計(オンチェーン直接 vs ハッシュ/ ZK/オフチェーン)を検討。
    • 投資家: クロスチェーン相互運用、トラスト・レジストリ、UXプラットフォーム、アテステーションCaaS等への投資機会を重視。規制対応市場(機関向けDeFi/RWA)とWeb3ネイティブ評判市場の両面を狙う。
    • 企業/エンタープライズ: W3C VC/DID準拠ソリューションを使った社内外プロセス改善(資格証明、サプライチェーン、顧客オンボーディング等)のパイロット実施と、信頼プロバイダーとの協業を推進。法務・コンプライアンス部門と連携しながら設計。
  6. 今後の焦点
    • トラスト・レジストリ: 発行者の評判や認証を階層的に管理する仕組みをチェーン横断で整備。
    • UX改善: アカウント抽象化・ウォレット連携によるワンクリック証明提示、ガス代代払いなどの自動化。
    • プライバシーとスケーラビリティの両立: Merkle/ZK/オフチェーン署名+オラクル等の組み合わせで最適化。
    • クロスチェーン相互運用: 証明の連携フレームワーク整備でID断片化解消。
    • 規制連携: グローバル規制動向への適応と、法的証拠能力の明確化。

デジタル・トラストの基礎レイヤー:アテステーションの概要

アテステーション・エコシステム全体を支える基本的な概念と標準を確立します。「アテステーション」という言葉が、かつての狭義の技術用語から、W3Cによって標準化された広範なWeb3のプリミティブへと変わり、新たな分散型トラストウェブの基盤を形成していることを解説します。

アテステーションの定義:コンセンサス用語から汎用的なWeb3プリミティブへ

ブロックチェーンの文脈における「アテステーション」という用語は、その意味合いを大きく変化させてきました。
当初、この言葉は主にコンセンサス・メカニズムの内部的なプロセスを指す、非常に専門的かつ限定的なものでした。具体的には、特にProof-of-Stake(PoS)ネットワークにおいて、バリデーターが特定のブロックの正確性や正当性を承認するために行う「投票」行為を意味していました 。これは本質的に、ネットワークの安全性を維持するための、機械間(マシン・ツー・マシン)の内部的なコミュニケーションでした。
しかし、近年のWeb3の発展に伴い、この概念は劇的に抽象化・汎用化されました。現在、アテステーションとは、「あらゆるエンティティが、あらゆる事象について行う、デジタル署名された構造化されたステートメント(表明)」という、より広範なプリミティブ(基本的な構成要素)を指すようになりました。
この転換こそが、アテステーション・サービスの核心的なイノベーションです。つまり、ブロックチェーンの内部的な維持メカニズムを、外部のアプリケーションが信頼(トラスト)を構築するために利用できる、オープンで汎用的なサービスへと昇華させたのです。

アテステーションの基本フロー(筆者作成)


この新しい定義におけるアテステーションの核心的な機能は、中央集権的な権威に依存することなく、分散型ネットワーク内でのデータ、トランザクション、またはアイデンティティの検証と妥当性確認を行うことにあります 。これにより、ブロックチェーン上に記録された情報が正確かつ信頼でき、事前に定義された条件を満たしていることを暗号学的に証明することが可能になります。この汎用的なトラスト・プリミティブの登場が、後述するイーサリアム・アテステーション・サービス(EAS)やSolanaアテステーション・サービス(SAS)のような革新的なプラットフォームの基盤となっています。

補足:アテステーションとVCの違い

  • アテステーションとは、主にブロックチェーン上で「特定のスキーマに沿ったデータや事実を、発行者が証明として記録する」仕組みを指す。例としてはEthereum Attestation Service(EAS)のようなスマートコントラクトで構築されたブロックチェーンの文脈におけるプロトコル。 ブロックチェーン上でスマートコントラクト連携を前提に証明を扱うプリミティブとして、即時的かつ自動化を重視したユースケースに適合する。
  • Verifiable Credentialは、W3Cが標準化したデジタルアイデンティティ領域のデータモデル。「誰(Issuer)が、誰に対して(Subject)、いつ発行した、どのような属性主張(Credential Subject)を含むか」を構造化し、暗号学的証明を持たせる。幅広いプラットフォーム横断でID・属性証明を標準化し、選択的開示や多様な保存・提示シナリオを網羅するデジタルIDモデル。
  • プロジェクトによっては、両者を組み合わせることがある。VCとして発行された属性をアテステーションとしてチェーンに記録・検証し、スマートコントラクトロジックと連携する形でデジタル・トラストを実現していく。ユースケースと要件(自動化レベル、プライバシー要件、相互運用性、UX、規制対応など)に応じて適切なモデル・技術を選択・統合することが重要です。

イーサリアム・アテステーション・サービス(EAS)

このセクションでは、イーサリアム・アテステーション・サービス(EAS)を深く掘り下げ、EASを基盤的かつ信頼性中立な公共財として位置づけます。その設計思想は、柔軟性とパーミッションレスなイノベーションを最優先し、ソーシャルレピュテーションからDAOガバナンスまで、広範なトラストベースのアプリケーションのための基本レイヤーを創出しています。

設計思想:パーミッションレス、コンポーザブル、そして信頼性中立な公共財

イーサリアム・アテステーション・サービス(EAS)の設計思想は、特定のアプリケーションやユースケースに最適化するのではなく、誰でも、あらゆる目的のために利用できる、汎用的で中立的な基盤インフラを提供することにあります。この思想は、EASが自らを「インフラストラクチャとしての公共財(Public Good)」と位置づけている点に明確に表れています。

https://attest.org/


その核心にあるのは、EASが「アテステーション・エコシステムのベースレイヤー」であるという考え方です。

https://attest.org/


EASは「任意のスキーマ(schema)に基づく“証明(attestation)”をオンチェーンで登録・参照できる仕組み」を提供するプロトコルです。これにより、様々なアプリケーション(アイデンティティ、信用スコア、資格証明、イベントチケット、KYC、各種検証結果など)で汎用的に利用可能な「誰かがある事柄について“こうだ”と宣言した記録」をブロックチェーン上に残し、かつ検証可能にします。

https://docs.attest.org/docs/core--concepts/how-eas-works


EASは、アテステーションがどのように利用されるか、どのような構造であるべきかについて、過度な前提を置きません 。むしろ、最も基本的でシンプルな構成要素を提供することに徹し、その上に構築されるアプリケーション層のイノベーションを最大限に引き出すことを目的としています。このミニマリスト的アプローチが、EASの持つ無限の可能性と高い構成可能性(コンポーザビリティ)の源泉となっています。

技術アーキテクチャ:スキーマ、アテステーション、リゾルバの洗練されたシンプルさ

EASの技術アーキテクチャは、その設計思想を反映し、意図的にシンプルに構築されています。プロトコルの中心は、わずか2つの主要なスマートコントラクトと、オプションの拡張機能から成り立っています。

https://docs.attest.org/docs/core--concepts/attestations
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