Microsoft のブロックチェーンに対する取り組みとサービス全体像の概観①
2020年08月24日
この記事を簡単にまとめると(AI要約)
目次
- 前提
- MicrosoftのミッションとOSSへの取り組み
- Microsoftのブロックチェーンへの取り組み
- <主要な取り組み>
- Microsoft がブロックチェーンに注力する理由
- デジタルトランスフォーメーション(DX)
- Microsoft のブロックチェーンに対する哲学・思想
- Microsoft のブロックチェーン関連サービス全体像
前提
Microsoftは、ビッグテックと呼ばれるIT巨大企業(Google、Facebook、Amazon、Appleなど)の中でも最も早くブロックチェーンに取り組んでおり、ブロックチェーン技術に継続的に注力している企業です。このレポートでは前編と後編の2回に分けて、Microsoftのブロックチェーン関連の取り組みについて、またMicrosoftが提供しているブロックチェーン関連サービスの全体像について概観します。
MicrosoftのミッションとOSSへの取り組み
まず始めに、MicrosoftのミッションステートメントとOSS(オープンソースソフトウェア)に対する取り組みについて振り返ってみましょう。
2014年に同社の最高経営責任者(CEO)が、スティーブ・バルマー(Steven Ballmer)氏から、サティア・ナデラ(Satya Nadella)氏に変わりました。新体制になるとともに会社のミッションも「Empower every person and every organization on the planet to achieve more.」(地球上のすべての個人とすべての組織がより多くのことを達成できるようにする)に変更されています。
参照: https://www.microsoft.com/en-us/about
この新しいミッションの元、それまでのOS等のライセンス販売が中心だったビジネスから、Microsoft AzureやMicrosoft 365などの従量課金型のクラウドサービスでユーザーを支援するビジネスへ転換しています。
参照: https://www.microsoft.com/en-us/about
この新しいミッションの元、それまでのOS等のライセンス販売が中心だったビジネスから、Microsoft AzureやMicrosoft 365などの従量課金型のクラウドサービスでユーザーを支援するビジネスへ転換しています。
「地球上のすべての個人とすべての組織がより多くのことを達成出来るようにする」というミッションは、巨大企業のMicrosoftと言えど自社プロダクトだけで実現することは困難です。幅広い技術の選択肢と柔軟性をユーザーに提供し、ユーザーがより多くのことを達成するための支援を行うにはOSSを活用する必要がありました。もちろん、OSSだけでなく、SAP、NetApp、Citrix、Redhatといった優れた競合製品を持つ企業とも積極的にパートナーシップを組んでいます(従量課金制のクラウドプラットフォームであるMicrosoft Azureのビジネスでは、OSなどのライセンスよりもビジネスワークロードの大きさの方が収益的なインパクトが大きいという理由も、この動きを後押ししていると思われます)。
2014年にはMicrosoftが開発したアプリケーション開発・実行環境である.NET Frameworkのオープンソース化が発表され、2015年にはサティア・ナデラ氏自身がプレゼンテーション中に「Microsoft ♥ Linux」というスライドを公開しています。
参照: https://youtu.be/54hHr8ye2kE
参照: https://youtu.be/54hHr8ye2kE
さらに、翌年2016年にはLinuxの普及をサポートするThe Linux Foundationにプラチナメンバーとして参加しています。ちなみに、2015年時点ではAzure上の仮想マシンの20%がLinuxでしたが、現在では50%以上がLinux仮想マシンとなっています。
Azure上ではコンテナ技術や、機械学習/深層学習、ビッグデータの分散処理基盤など様々なOSSがサポートされ、サービスにも多様なOSSが組み込まれています。また、Dockerを始めとして多数のOSSに積極的に貢献しています。
Microsoftのブロックチェーンへの取り組み
ビットコイン(Bitcoin)やイーサリアム(Ethereum)など、OSSで開発されることが多いブロックチェーンに対してもMicrosoftは早い時期から注力しています。まずは同社のブロックチェーンに対する取り組みを時系列で見てみましょう。
<主要な取り組み>
2014年
- Xbox Liveアカウントでのビットコイン決済導入を発表
2015年
- イーサリアムの主要開発企業であるコンセンシス(ConsenSys)と提携し、Ethereum Blockchain as a Serviceを発表。Azure上でのイーサリアム環境構築テンプレートの提供開始
2016年
- オープンソースのエンタープライズ向けブロックチェーンアーキテクチャProject Bletchleyを発表
- ブロックスタック・ラボ(Blockstack Labs)とOnename(ビットコインベースの分散型デジタルIDシステム)の共同研究開発・コンセンシスとuPort(イーサリアムベースの分散型デジタルIDシステム)の共同研究開発
- Cordaを開発するR3コンソーシアムとの戦略的提携を発表
- LISKなど複数のパブリックブロックチェーンの開発団体とパートナーシップを締結
2017年
- エンタープライズ向けのイーサリアム開発を推進するイーサリアム企業連合(Enterprise Ethereum Alliance)にローンチ時点から加盟・オープンソースの分散型デジタルIDを推進するDecentralized Identity Foundation(DIF)を設立
- ブロックチェーンのプライバシーや性能向上を目的とするオープンフレームワークであるCoco Frameworkの開発を発表
- Xboxのプラットフォームで販売したゲームの収益をブロックチェーンを利用して分配する実証実験の実施
- ブロックチェーンを使った認証プラットフォームのティリオン(Tierion)と個人のアイデンティティの共同研究開発を発表
2018年
- Azure Blockchain Workbenchをリリース
- Azure Blockchain Development Kitをリリース
- 証券取引所のナスダック(NASDAQ)が使用しているインフラストラクチャーであるNasdaq Financial Framework (NFF)に対し、Microsoft Azureを活用したブロックチェーン関連のソリューションを提供する提携を発表
- Xboxのプラットフォームで販売したゲームの収益をブロックチェーンを利用して分配するシステムの本番運用開始
2019年
- Azure Blockchain Service(PaaS)をリリース
- スマートコントラクト開発を支援するVisual Studio Codeの拡張機能の提供を開始
- Azure Blockchain Service(PaaS)でのR3 Cordaサポートを発表
- Azure Blockchain Tokensをリリース
- スマートコントラクト検証ツールのVeriSolを発表
- トークンに関する共通のフレームワークを策定するToken Taxonomy Initiativeに参画
- 分散型デジタルIDを実現するIdentity Overlay Network(ION)のテストネット版を公開
- ノンファンジブルトークン(NFT)を利用した開発者向けインセンティブスキームであるAzure Heroesをエンジン(Enjin)と共同でローンチ
2020年
- アーンスト・アンド・ヤング(EY)、コンセンシスと共にイーサリアムのパブリックチェーン上で企業間のデータ連携を実現するベースラインプロトコル(Baseline Protocol)を発表
- IONのメインネット版(ベータリリース)を公開
同社は2014年という早い時期から取り組んでおり、クラウドサービス上でユーザーがブロックチェーンを利用できるようにするだけでなく、エコシステムの構築やコミュニティへも積極的に貢献しながらブロックチェーンを推進してきたことが分かります(一部の事業ではブロックチェーンを活用したシステムの本番運用も既に開始しています)。また、分散型デジタルIDシステムの開発についても積極的に行われていることが分かります。ちなみにIONは2020年度中の正式版リリースを目指しています。
Microsoft がブロックチェーンに注力する理由
なぜMicrosoftはこんなにもブロックチェーン及びそのエコシステムの構築に注力しているのでしょうか?
デジタルトランスフォーメーション(DX)
同社は2016年からデジタルトランスフォーメーションについても積極的に推進しています。2016年4月4日から開催されたMicrosoft Envision 2016のキーノートで、サティア・ナデラ氏はデジタルトランスフォーメーションについて以下のように語っています。
- 顧客を惹きつけ、
- 従業員に力を与え、
- 業務を最適化し、
- プロダクトを変革すること
また、同社の事業開発担当エグゼクティブバイスプレジデント(当時)のペギー・ジョンソン(Peggy Johnson)氏はデジタルトランスフォーメーションについて、「それは新しい課題と新しい機会をもたらし、新しい市場と新しい顧客を開き、モバイルファースト、クラウドファーストの世界で成功するための根本的に新しいアプローチを要求する」ものであり、ブロックチェーン技術はこの変革に力を与えるものだと語っています。
また、経済のグローバル化が進んだ今日では、ビジネスプロセスは複数の組織にまたがっており、組織の信頼境界を超えるワークフローの管理に多額のコストがかかっています。デジタルトランスフォーメーションもまずは企業内から実施していくことが多いと思われますが、いずれは1つの企業の壁を超えて、顧客、サプライヤー、パートナーなど他社と共有しているビジネスプロセスを最適化する必要性が出てくるでしょう。事実、Microsoftは自社のビジネスでそれを実証し、効果を上げています。
Microsoftは組織の境界を超えるデジタルトランスフォーメーションを支援し、「地球上のすべての個人とすべての組織がより多くのことを達成できるようにする」ために、エンタープライズグレードのブロックチェーンエコシステムに多額の投資をしているのです。
Microsoft のブロックチェーンに対する哲学・思想
次に、Microsoftのブロックチェーンとそのエコシステムに対する哲学や思想について概観してみましょう。
2016年のCoinDeskのインタビューに対して、当時のMicrosoft技術戦略担当ディレクターであるマーリー・グレイ(Marley Gray)氏は、同社のMicrosoft Azureはプラットフォームとして障壁を設けるようなことはせず、あらゆるブロックチェーンにオープンであり、ユーザーや開発者を支援すると述べています。ブロックチェーンプロトコルの開発者は誰でもMicrosoft Azure上にテクノロジーを公開することができ、ユーザーやブロックチェーンアプリケーションの開発者はMicrosoft Azure上で豊富な選択肢の中から自由にブロックチェーン技術にアクセスできるプラットフォームを目指そうとする姿勢が見られます。
「私達(Microsoft)は勝者を選ぶつもりはありません。それを試みたとしても、マーケットは私達が選んだものを望まないでしょう」
さらに、Blockchain as a Service(BaaS)を利用することでユーザーが素早くブロックチェーン環境を試すことができ、同社がAzureをブロックチェーン技術のイノベーションを加速する手段と見なしていることを示唆しています。
参照: https://www.coindesk.com/microsoft-blockchain-azure-marley-gray
参照: https://www.coindesk.com/microsoft-blockchain-azure-marley-gray
また、下記の動画では、ブロックチェーンに対して次のように述べています。
- ブロックチェーン自体はテクノロジーであり、ソリューションではない
- ブロックチェーンはソリューションの重要なコンポーネントだが、ソリューション全体の中で占める割合は10〜20%にすぎない
- 洞察を得る、または価値を得るためには、ブロックチェーンが他のシステムに接続する必要がある
ブロックチェーンはまだ黎明期のテクノロジーで進化が早いため、毎回ゼロからブロックチェーン環境を構築して運用することは負担が大きいです。また、そもそもブロックチェーン環境を構築して動かすだけでは、ユーザーの課題を解決することはできません。
ユーザーが課題を解決するためには、ユーザーインターフェースやビジネスロジックの開発、ビジネスプロセスを支える他システムや分析基盤との接続などが不可欠となります。
Microsoftは、ユーザーがブロックチェーンアプリケーションを迅速に開発・構築し、実ビジネスに集中して成果を上げることを支援するために必要な各種サービスを提供しています。
Microsoft のブロックチェーン関連サービス全体像
Microsoftはブロックチェーン開発をいくつかの基本的な過程に分割しており、上記で述べた哲学・思想に則り、各過程での開発者のニーズを支援するサービス・プロダクトを提供しています。
- Azure Blockchain Service(PaaS): ブロックチェーンのコンソーシアムネットワークの構築、管理を行うマネージドサービス(PaaS: Platform as a ServiceまたはBaaS: Blockchain as a Serviceと呼ばれるブロックチェーンの稼働に必要なネットワーク、サーバー、OS、ミドルウェアといったプラットフォームをインターネット経由で提供するサービス)
- Visual Studio Code: スマートコントラクトの作成とテストを行う開発環境
- Azure DevOps: スマートコントラクトとアプリケーションのバージョン管理と更新を簡素化
- Azure Blockchain Workbench: ブロックチェーンアプリケーションの迅速なプロトタイプ作成
- Azure Blockchain Development Kit: アブロックチェーンアプリケーションを既存のアプリケーションおよびデータベースと接続して統合
- Azure Logic Apps: ノンコーディングでサービスを連携させてアプリケーションを作成することができるiPaaS(Integration Platform as a Service)サービス。Ethereum ブロックチェーンコネクタを利用することで、ブロックチェーンやスマートコントラクトと連携するアプリケーションを作成
各サービスの詳細については次回の後編で掘り下げていきます。
後編:Microsoft のブロックチェーンに対する取り組みとサービス全体像の概観②
https://hashhub-research.com/articles/2020-10-21-microsoft-blockchain-services-02
後編:Microsoft のブロックチェーンに対する取り組みとサービス全体像の概観②
https://hashhub-research.com/articles/2020-10-21-microsoft-blockchain-services-02
【参考】
※免責事項:本レポートは、いかなる種類の法的または財政的な助言とみなされるものではありません。