トラストレスは信頼を消したのか——検証の再配置
2026年07月21日
この記事を簡単にまとめると(AI要約)
目次
- 告白
- 信頼が担っていた仕事
- 保証人のいない契約
- 信頼の三つの顔
- 三度目のThe DAO——信頼の側から
- おわりに——信頼は消えない。置き場所を変えるだけだ
- 次回予告
- 参考文献
- 次に読むなら
連載「今更聞けないWeb3」第8回
告白
トラストレスという言葉は、少し不誠実な響きがする。
Trustless。信頼を要さない。ブロックチェーンの世界では、いくつかの理念のひとつとして、この単語は繰り返し使われてきた。銀行を信じなくてよい。取引所を信じなくてよい。相手を信じなくてよい。政府すら信じなくてよい。誰も信じなくていい仕組みを、コードで作る。
聞いていて、素直に、良い響きがすると思った瞬間があった。信頼は面倒だ。相手のことを調べる。契約書を読む。履行を待つ。履行されなかったときの手続きを考える。これらの手間を、コードが一気に片付けてくれるのなら、悪くない。とてもスマートだ。
ところが、書こうとすると、詰まる。
毎回ここで詰まる。同じ場所で、毎回。
今日の朝、コンビニで千円札を出した。店員は、千円札の透かしを確認しなかった。ATMで現金を引き出した。画面に表示された残高が偽装されている可能性は、考えなかった。会社のSlackで連絡が来た。相手が本人であるかは、疑わなかった。エレベーターに乗った。ワイヤーが今日切れるかもしれないとは、考えなかった。
自分は今日、いくつの信頼で成立していただろうか。数える気にもならない。
自分は今日、いくつの信頼で成立していただろうか。数える気にもならない。
信頼は、面倒であるにもかかわらず、消せない。もし消したら、朝から夜まで、自分は動けない。透かしを確認し、残高を照合し、本人性を検証し、ワイヤーの張力を計測する。生きるための最低限の行為を、確認し続けることに費やして、一日が終わる。
信頼は、面倒を我慢して使われているのではない。確認しない、という壮大な省略の上に、日常が成り立っている。
「トラストレス」という言葉は、この省略を、コードで裏返せる、と言っているように聞こえる。裏返せるはずなのだ。すべてを検証可能にすれば、信頼は要らなくなる。理屈としては、そうだ。
だが、自分の朝は、そうは動いていない。
トラストレスという言葉が誠実に響かないのは、この乖離のせいだと思っている。裏返せる、と言っているのに、日常のどこにも、裏返された痕跡がない。何かが、抜けている。トラストレスの内側で、何が実際に起きていて、何が起きていないのか。あるいは、抜けているのは、トラストレスの側ではなく、自分の側かもしれない。書こうとするたびに、そこで詰まる。
信頼が担っていた仕事
先に断っておく。
トラストレスが本当に達成したことは、間違いなく、ある。
単一の権威に依らず、残高を検証できる仕組みを作った。特定の企業や国家の許可なしに、送金を通せる経路を作った。自分の資産を、自分で持てる技術的な可能性を作った。これらを、単一の企業や国家に依存せず、同時に成立させることは、従来のデジタル金融では不可能だった。中央のサーバーや運営者が止まれば、利用者は残高を確認することも、動かすこともできなくなる。銀行がアカウントを凍結すれば、資産は動かせなくなる。国家が資本規制を敷けば、送金は止まる。
トラストレスは、これらの単一障害点を、確かに消した。これは、まず正しく評価されるべき達成だ。その後に別の弱さが生まれたとしても、消したという事実までは消えない。
今回扱うのは、その達成ではない。消したものの周りで、結局、何が消えなかったか、のほうだ。
そもそも、「-less」を名乗るものは、たいてい何かを恒常的に消すことに失敗してきた。キャッシュレスと言いつつ、現金の要る場面が残る。ペーパーレスと言いつつ、紙で出したくなる書類が残る。消えたのではなく、必要になる頻度が下がっただけだ。「-less」は、消去の宣言ではなく、頻度の変化の観察に近い。トラストレスにも、書きながら、同じ感触があった。
信頼は、どんな仕事をしていたのか。
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※免責事項:本レポートは、いかなる種類の法的または財政的な助言とみなされるものではありません。