トークンエコノミクスの現況と展望

目次

  • 直近のモデル
  • より良いトークンエコノミクス
  • 結言
私(@indiv_0110)は現在BNB Chain Labsでトークンエコノミクスの分析と設計を担当しています。日々の業務から得た知見をHashHub Researchを通じて共有いたします。

直近のモデル

代表的なデュアルトークンモデルの構造

上の表はデュアルトークンモデルを採用するプロジェクトとそのトークンユーティリティをまとめたものです。それぞれに異なる構造を持ちますが、キーとなるのはユーティリティトークンの挙動です。$DAIと$USTはそれぞれ$1にペッグされることを意図しています。Axie Infinityの$SLPはステーブルコインではなく、ゲーム内のインフレ通貨です。$MKRと$LUNAは自身が発行するステーブルコインの価格安定化のために追加で発行されたりバーンされたりするという点でAxieのトークンエコノミクスとは異なります。
ここでは崩壊前のTerraのトークンエコノミクスを見てみましょう。$USTが下に乖離した場合、プロトコルはLUNAを発行して$USTをアービトラージャーから買い取ります(厳密な手順は異なるが内容に差し支えないので便宜上このように説明する)。$LUNAは$USTを買い上げるために必要な量が新たにミントされるので、$LUNAの価格が暴落しても、市場で$LUNAを買い続ける人がいる限り$USTの価格は理論上安定します。$DAIは$ETHを担保にしているのでより堅牢ですが、$MKRもプラットフォームが債務超過になれば新たにミントされることになります。これらの構造はいずれもユーティリティトークンの価格の不安定さをバックアップトークン(ガバナンストークン)の量の不安定さに転嫁しています。
Axieのトークンモデルはやや異なります。Axieでは$AXSをインフレにしないために、Axieチームはインフレ要素を含む機能を$SLPに移しました。 したがって、$SLPはインフレするように設計されています。結果としてプレイヤーに安定した利回りを提供することは困難となります。プレーヤーは、米ドルで安定した収入を得ることを望みますが、報酬として得るのは$SLPです。しかし、$SLPはインフレであるため、$SLPの価格が下がると、プラットフォームがプレイヤーに安定した利回りを提供するためには、プレイヤーに与える$SLPの量を増やす必要があります。これはインフレを加速させますが、$USTや$LUNAの仕組みと同様に、市場で$SLPを買い続ける人がいる限り、プレーヤーへの安定した支払いは理論的に可能です。AxieがTerraやMakerと異なるのは、ユーティリティトークンの価格を安定させるためにガバナンストークンが売却されない点です。
この果てなきインフレが続くトークンモデルは、ゼノンのパラドックスに類似しています。この手のデュアルトークンモデルは一見エレガントな解法ですが、ある閾値を超えると制御不能なハイパーインフレが発生し、システム全体を破壊してしまいます。また、価値と需要を根拠なく2つのトークンに分割し、デュアルトークンモデルとして機能させることは設計上矛盾していると言えるでしょう。ただし、これらのプロジェクトの不成立をもってデュアルトークンモデルを完全否定するのではなく、これらの構造の中から機能し得るモジュールと機能しなさそうなモジュールを切り分けて今後の設計に活かす方が生産的です。
これからWeb3に参入しようとするゲーム会社はトークンの設計とその経済性に注意する必要があります。もし独自トークンを取り入れるのであれば、少なくともこれらのトークンが負のスパイラルの引き金にならないように設計しなければなりません。また、GameFiのトークンエコノミクス設計者にとって、DeFiのトークンモデルは示唆に富みますが、GameFiとDeFiではコンポーザビリティと価値サイクルの形態が全く異なることに注意する必要があります。
インフレの先延ばしである純増型のトークンロック(例:ナイーブなステーキングモデル)は、DeFiのトークンモデルの重大な欠陥であり、ゲームに導入されれば大混乱を引き起こしかねません。
以下の表は、執筆時点における主要なDeFi製品のトークン配布方法をまとめたものです。ほとんどのモデルが、単純なインフレモデルか遅延インフレモデルを採用しています。ただし、CurveはガバナンストークンのステーカーがUSDのステーブルコインを受け取り、ロックシステムにより一時的にネットマイナスのCRV流通を実現する点が特徴的です。

持続不可能なモデル

上図左は、ファイナンスにおける代表的なDCF(ディスカウントキャッシュフロー)とPV(現在価値)です。将来の収益からプロジェクトの現在価値を計算します。右の図は、持続不可能なトークンエコノミクスを示しています。これは、現在手元にある資金に基づいて、後の分配を調整するものです。持続不可能なエコノミクスの中には、無から有を生み出す必要があるため、価値の生成サイクルが逆転しているものがあります。これらは誕生時点で矛盾を抱えているため早晩崩壊します。
プレイヤーが長期間にわたってアバターやキャラクターを育成し、その収益がそれに依存する場合、トークンデザインの難易度は跳ね上がります。その理由は、以下の通りです。
  • ユーザーの反発を受けずにルールを変更することは難しい。
  • 後発組から先行組への富の移動が起こりやすい。
  • ポジティブフィードバックが強いため、一時的であってもエコシステムサイズの収縮に耐えられず寿命が尽きる。

より良いトークンエコノミクス

アプリケーション特化型チェーン/L2の必然性

パブリックブロックチェーン上のエコシステムは、プロダクト間の相互作用によって形成されていますが、ゲームはしばしばスタンドアローン型の孤立した空間を形成します。これは、ゲームがアプリケーションレイヤーに属し、垂直方向にも水平方向にもコンポーザビリティが限られているためです。ブロックチェーンがその上に構築された全てのプロダクトの活動が生み出すガスの消費から恩恵を受け、DeFiインフラがその上に構築されたプロダクトが生み出す流動性や取引高から恩恵を受けることを想像してみてください。コンポーザビリティが制限されることで外部からの価値流入経路に制約が生じます。
ゲーム内のNFTやFTが新しいトークンを排出する場合、最上位レイヤーに位置するプロダクトがProof of Stake的に流通量を増やす構造になっていることを理解する必要があります。そのため、ゲーム経済と密接に結びついたトークンを設計する場合、閉じた経済圏の中でユーティリティを用意しなければならず、金銭的リターンのないガバナンストークンに経済価値を付加することはできません。
資本力のあるゲーム会社がトークン設計を気にせずWeb3ゲームを開発したい場合、最初は独自トークンを発行せず、BUSDやUSDCなどのステーブルコインのみを使用するという選択肢もあります。なぜなら現状ではトークンは投資家の様々な期待を価値の根拠を曖昧にしたままパッケージ化して資金調達の手段として使っているに過ぎないためです。差し迫った資金調達の必要がないのであれば、のちにトークンを発行するとしても別の戦い方があります。
一方でアプリケーションレイヤーの強みも存在します。それはアプリケーションレイヤーはエンドユーザーに最も近く、将来的にはエンドユーザーがブロックチェーンへの価値流入経路として最大になるであろうことです。上の木の画像では、枝の先端が末端に見えますが、その先には多数のエンドユーザーが存在します。
従って、アプリケーションレイヤーは他のレイヤーとは異なる収益モデルを確立する必要があり、必然的にトークン経済も異なる様相を見せることになります。重要なのは、コンポーザビリティを持たない、あるいは必要としない一部のDeFiプロダクトと大多数のゲームは、成長後に独自のブロックチェーン/L2へ移行することが必然であるということです。
COSMOS SDKベースのブロックチェーンへの移行例が増えたり、BAS(BNB Application Sidechain)やzkBNBのようなアプリケーション特化型のチェーンが台頭しているのはこのためです。言うまでもなく、アプリケーション特化型ブロックチェーンのトークンエコノミクスはさらに重要性を増します。1つのシステムで独立したブロックチェーンネイティブコインは、アプリケーション内の効用に加え、取引手数料や共有セキュリティ手数料のために消費されるためです。

インフレ率の制御手段と裏側のUX

価値の流入がバトルパスのサブスクリプションとNFTの販売に限られる場合、ゲームエコノミーを設計する際に、初期のトークン時価総額と予想成長率に注意する必要があります。なぜなら、コンポーザビリティの乏しさゆえに、これらの数値が予想より悪くなることはあっても長期的に予想より良くなることはまずありえないからです。
ユーティリティトークンの排出スケジュールに影響を与える変数は複数あります。簡略化した変数の入れ子構造は以下の通りです。
トークン流通量(1イベントあたりのトークン数(1日あたりのイベント数、1NFTあたりのイベント数(NFT供給量)))
明確な目標ミント/バーン比率が定められている場合であっても、なぜ複数の変数をコントロールする必要があるのでしょうか。それは、プレイヤーがゲームから得る効用は、トークンの数だけでなく、各フェーズでゲームをプレイする経験も含まれるからです。特定のフェーズで得られるトークンの純増数が少なくても、そのトータルの経験がコストに見合うものであれば、プレイヤーは満足します。
自然界に近い複雑な構造を持つメタバース空間では、ゲーム内の各ユーザーの行動データや満足度推定値に応じて、トークンの排出・分配をダイナミックかつ自動的に調整する必要があり、この部分が進化するとゲームは次のステップに進むでしょう。しかし、そのためにはゲームロジックやゲームルール等のコア部分をオンチェーンに持ってくる必要があり、ここにも大きな壁があります。しかも、オンチェーンゲーム領域に熱狂している人口・才能はまだまだ少ないです。

各機能のユーザー認知と効果

主に2022年に観測されたゲーム経済を持続させるための興味深い施策を見てみましょう。

シーズン制

シーズンを導入することで、シーズンごとにゲームバランスが調整されることをプレイヤーに明示できます。プレイヤーはそれを理解してゲームに参加するため、キャラクターやアイテムの調整に対して不満を感じる可能性が低くなります。その結果、既存ユーザーを優遇する必要がなくなり、エコシステムにとってより適切なルールを設定することができるのです。ただし、Web3ゲームの醍醐味であるオーナーシップとそこから生まれる収益もリセットされる点はマイナスです。

アイテム耐久性

プレイヤーは、NFTキャラクターを使用することで「Play to Earn」に参加できます。プレイヤーはこのNFTを一定回数だけ使用することができ、制限に達するとトークンを獲得するためにNFTを使用できなくなります。ユーティリティトークンの供給が有限でない場合でも、NFTの供給量やトークン発行率に上限を設けることで、発行率をコントロールすることが可能です。
シーズンと耐久性の導入により、プレイヤーは特定のシーズン用に特定のNFTを購入することになります。開発チームは、ゲームの時間枠を区切ることで、より柔軟にゲームバランスを調整できるようになります。

ネガティブサムPvP(Player vs Player)

持続可能な経済をデザインする上で最も重要なことの一つは、期待値がマイナスのゲームをいかに成立させるかです。カジノや競馬はその好例です。つまり、これらは単なる確率のゲームではなく、プレイヤーが楽しみや刺激と引き換えに、進んでコインを消費する仕組みを持っています。
カジノでは、プレイヤーは確率的には負けることが明らかですが、誰しもが勝つつもりでカジノに向かいます。カジノの収益源は、認知の歪みと経験の消費と言えるでしょう。
多くのPvPモードは期待値がマイナスのゲームです。インフレを抑制するためには、このモードを楽しめるようにすること、データ分析を用いて潜在的なユーザーにアプローチすること、eSportやゲーム実況を通じて認知度を拡大することが必要です。さらに、ユーザー数の増加・維持のために、コミュニティファンドを活用して潜在的なユーザーに招待状を配布したり、負け続けているユーザーに有利なチーム編成を提供したりすることも考えられます。
重要なのは、ミント/バーンの比率だけでなく、UXを向上させることです。トークン経済の重要性を知っているチームは、インフレの抑制や持続可能性に気を取られ、Web3ゲームの革新性や可能性を見落としてしまいがちです。

結言

Web3ゲーム(ブロックチェーンゲーム・クリプトゲームを含む)の今後の展開を予想することは難しいですが以下の2点は誰の目にも明らかです。
  1. ゲームは多くの産業でますます重要性を増す。
  2. 多くのゲームがWeb3への参入を試みる。
とはいえ、Web3ゲームの最適な仕組みはまだ見つかっていませんし、Web3が何らかの側面で従来のゲームより優れていると証明されたわけでもありません。
重要なのは、Web3ゲームと伝統的ゲームの間には、健全とされるものに大きな隔たりがあることを理解することです。例えば、伝統的なゲームは「規制による保護」を健全とし、Web3は「透明性のある自由」を健全とする傾向があります。このギャップにこそWeb3ゲームの社会的価値と勝機があります。
Web3ゲームにしかできないことを誰にでも分かるUIで表現することが必要です。そのためには、既存のゲームにトークンを取り入れたり、従来のゲームを無視して全く新しい仕組みを作ったりするだけでは、おそらく上手くいかないでしょう。
既存の優れた仕組みを謙虚に模倣し、従来のゲームとWeb3ゲームの本質的な違いを誰よりも熟知することで、Web3ゲームの真価がそろそろ見えてくるでしょう。

※免責事項:本レポートは、いかなる種類の法的または財政的な助言とみなされるものではありません。