「本当にNFTバブルははじけたのか?」特集

目次

  • 「本当にNFTバブルははじけたのか?」特集
  • 【コラム】NFTは何を表現するのか

「本当にNFTバブルははじけたのか?」特集

「クリプト領域で2021年前半に一世を風靡した出来事といえば何ですか?」と問えば「それは犬です」と答える方もいるかもしれません。ですが、NFT(ノンファンジブルトークン)の盛り上がりも未だ記憶に新しい一世を風靡した現象の一つとして挙げられるのではないでしょうか。
出典:https://cryptoart.io/data
上グラフは6月末までのNFTアートの販売量を示したものです。一目でそこに大きな山があることがわかるかと思いますが、これが2021年前半を颯爽と駆け抜けた「NFTバブルの残像」です。
と言いきりたいところですが、「本当にNFTバブルははじけた」のでしょうか。より厳密に問うならば2021年前半に駆け抜けたNFTバブルは「NFTという大きな主語で表現できるもの」なのでしょうか。
筆者の理解の範囲では、2021年前半にNFTと称されていたものは「アート」や「コレクティブ」を主に指していたように感じられ、「NFTとは何を表現できるものなのか」「FTとどう異なるのか」ということを置き去りにしたまま、改竄困難なブロックチェーン上で表現された所有権であることを殊更に強調して「一点物の現物アート同様に一点物のデジタルアートが作れるようになった」とNFTが曲解されていたようにも感じます。※話が脱線してしまうので【コラム】NFTは何を表現するのかで別途話題にします。
何が言いたいかというと、NFTという大きな主語で語られるマクロトレンドを理解することは重要ですが、それだけでは見落とすこともあれば、時に勘違いさせられてしまう可能性もあるということです。言い換えると、鳥の目だけではなく、虫の目などの色々な視点で市場を眺めると違った様相が見えることもあるということです。※釈迦に説法ではありますが、これは筆者自身も陥りやすいことであり、「わかってはいるけれど無意識にハマっている凡ミスシリーズ」または「わかってはいるけれど現実的にそれは無理ですシリーズ」の一つだと認識しています。
では、バブルがはじけたように見えるNFT市場を今度はもう少しミクロな視点で捉えてみましょう。HashHub Researchに毎月寄稿いただいているharuxx氏のレポート「NFT(Non-Fungible-Token)の動向 21年7月」によれば、最近のNFTアート市場の販売量低下の背後で「クリプトゲームの活性化」や「歴史のモーメントのNFT化」という新たな動きが出てきていることが言及されています。
前者は最近SNS上で高価格取引されていることで話題に上がるAxie Infinityをはじめとする動きです。Axie Infinityは2018年(正式版は2019年12月)に誕生した初期のクリプトゲームの一つです。当初はゲーム内容の拙さはあったもののビジョンの提示によりコミュニティを維持し続け、今なおコミュニティを惹きつけ続けているクリプトゲームです。

※関連レポート:Axie Infinityの概要 DeFiの要素を掛け合わせたブロックチェーンゲームプロジェクト
クリプトゲームはNFTのユースケースとしては新しいものではなく、初期のコレクティブであるクリプトキティの進化版として発達してきたものです。NFTアートやコレクティブが所有権を表しているのに対して、クリプトゲームのNFTはそのNFTを使わなければアクセスできないゲームがあること、それを用いることで得られるインカムゲインの存在が加味されて評価される点で新奇性がありました。
後者の「歴史のモーメントのNFT化」はNFTの領域では新しい動きと言えるでしょう。つまり歴史的な出来事の瞬間をNFT化してコレクションとして扱えるようにしたというジャンルです。どのような「ものさし」で捉えるかによって、賛否両論はありそうですが何が価値として捉えられるのかを理解する一つの流れとして注目される動きではないでしょうか。
もう一度最初の問い「本当にNFTバブルははじけているのか?」に戻りましょう。
この問いはNFTをアート、コレクティブという意味で捉えると「そうです」と言える部分もあります。しかし、このNFTバブルの中でひっそりと芽生えたNFT市場が存在していることもまた事実であり、その意味ではただ「はじけて終わり」だったわけではなく、「次の種はすでに撒かれている」とも捉えられます。ただし、もしかすると本当に終わっている、のかもしれないですし、はたまた新たな火付け役が出てくるのかもしれないですし、この点は筆者も予測できません。

【コラム】NFTは何を表現するのか

NFTとは何かは、それは「ノンファンジブルトークン/NFT」として表された「何か」です。
NFTとして表現される対象物の傾向として現実社会のノンファンジブルな性質を持つものをNFTとして表現するという発想はよく見受けられることです。例えば歴史のモーメントはその瞬間というノンファンジブルな性質がありますし、現物のアート作品も一点ものとして認識されるのであればノンファンジブルであると言えます。
この視点で捉えた結果として「対象物のノンファンジビリティを問う」という発想は生まれ、例えばNFTとして表されたデジタルアートはコピーができるのでファンジブルなものではないかという疑問を持つ方もいるのではないかと思います。
しかし、対象物がノンファンジブルであるか否かを問うことはそもそもあまり重要ではなく、それがノンファンジブルである必要もありません。
なぜならNFTとして表現された時点でそれが何であろうと発行されたブロックチェーン上ではノンファンジブルなものとして表されるからです。先のデジタルアートの例でいうと一見すると同じものであるように見えるけれども、ブロックチェーン上では別物として識別されており、故にそのルールの中ではノンファンジブルであることには違いないのです。
より重要なことは、「対象物がノンファンジブルか否かに関係なくブロックチェーン上ではファンジブルなものさえもノンファンジブルな何かに置き換えることができる」という事実であり、その結果現れたNFTを世間がどのような「ものさし」で評価するかということです。「ものさし」というのは金銭的価値、技術力、歴史、好みなどの個々人の多様な価値観です。

「NFTとは何を表現できるものなのか」「FTとどう異なるのか」

「NFTとは何を表現できるものなのか」「FTとどう異なるのか」という問いに対して、NFTとは「デジタル上の唯一無二の所有権を表す」と答えるのは間違いではありません。しかしそれはNFTを測る一本のものさしを語っている、つまりNFTを視野を狭めて限定的に捉えているようにも感じられます。

NFTの抽象度を上げると「ノンファンジブルトークン/NFT」として表された「何か」であり、
あえてNFTとFTの大きな違いを挙げるとすると「その価値の評価方法の違い」にあると筆者は考えています。
  • 【ファンジブルトークン/FT】
    FTとして表現されたものであれば特定の「ものさし」に大きく影響されることはなく市場の供給と需要によってその市場価値が決まります。
  • 【ノンファンジブルトークン/NFT】
    NFTとして表現されるとオークションによって価格が決まりますので、オークションデザインや特定の「ものさし」が大きく価格に影響します。
ですので、NFTとして表現するかFTとして表現するかで市場価格の作られ方が異なるという点に違いがあります。FTがノンファンジブルだと思われているものを敢えてFTとして扱うことで流動性を与えているのに対して、NFTはその真逆であり、ファンジブルだと解釈されていたものを敢えて規格上はノンファンジブルにすることで市場取引の機会を減少させていると言い換えることもできます。それゆえにNFTはオークションに参加する何者かの「ものさし」で評価される傾向にあるため、ある富豪や専門家などを唸らせることができるのであれば、表現がニッチであっても評価されることになります。
本コラムの問い「NFTは何を表現するのか」に対する答えは「何でも良い」ではないかと筆者は考えています。ファンジブルであるように見えるものであったとしても、それをノンファンジブルとして扱うのであればNFTとして表現すればよく、ファンジブルなものとして扱いたいのであればFTとして表現すればよい話です。極論を言えばチケットやアート作品だからNFTなのではなく、ファンジブルなものとして扱いたいのであればそれをFTとして強制的に扱えばよく、いずれにしても所有権を表していることには違いありません。

これまでにどのようなものがNFTとして表されてきたのかという点については以下のNFTタグに紐づくレポートをご参照ください。
【NFT関連レポート】
NFTタグに紐づくレポート

※免責事項:本レポートは、いかなる種類の法的または財政的な助言とみなされるものではありません。

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