各国の中央銀行はなぜ中央銀行デジタル通貨(CBDC)研究を推進し始めたのか|その動機となり得る7つのポイント

目次

  • 前提
  • CBDC研究を動機づける可能性のある7つのポイント
  • 総論

前提

本レポートでは中央銀行デジタル通貨(CBDC)の研究を推し進める各国中央銀行の動機を理解することを目的に、BIS(Bank for International Settlements、国際決済銀行)の報告書を元に7つのポイントに整理して考察します。
各国のCBDC研究は、CBDCに対する懐疑的な意見が散見されていた以前の状況とは裏腹に、2020年以降急速に進んでいます。BISが2020年1月に発表した調査報告書では、その対象銀行の80%がCBDCに取り組んでいる(当初の調査では70%であった)という結果が報告されました。また、Covid-19の感染拡大後はBISから次々とCBDCに関するレポートが発表され、CBDCの詳細な設計に関する議論もなされるようになってきました。
例えば韓国銀行(BOK)は2019年1月にCBDCが経済にマイナスの影響を与える可能性があるとして、CBDC発行に異論を唱える報告書を発表しています。この報告書では「国民がCBDCに直接アクセスできるようになると、商業銀行の普通預金残高が減少し、銀行は現金の不足に対応するために貸出金利を引き上げる可能性が出てくる」また「商業銀行の普通預金口座残高が不足するとパニックが発生するリスクが高まり、金融安定性にマイナスの効果を与える可能性がある」と指摘していました。このようなCBDC発行と金融政策、経済安定性に関連する懸念は、もちろん韓国銀行だけではなく、他のCBDCの検討をしていた多くの中央銀行(我が国も含む)も同様に慎重に対応すべきだという姿勢を取っていました。
しかし、2020年に韓国銀行は2021年にCBDCの実証実験を実施すると以前の態度から一変したような発表を行いました。2019年初頭に懐疑的な意見を出していた我が国も同様に、2021年にCBDCの実証実験を控えているという状況です。誤解のないように補足をしておくと、このCBDCが孕む金融安定性や経済に対するマイナスの影響は執筆時点でも懸念される点であり、CBDCを設計する上で十分な検討を必要とします。
このような背景を踏まえた上でCBDCの可能性を探索する研究が前進している理由は、各国のCBDC研究が加速化していることに対する焦燥感からなのか、もしくはイノベーションを重視する幹部が新たに着任したからなのか、もしくは他のなにかか。各国がCBDCを研究する動機もそれぞれが置かれた背景も異なるため、あくまで推測とはなりますが、本レポートではこれらのCBDC研究を推し進める動機になるであろうCBDCの特性を、BIS報告書を参考に整理して解説を加えます。

CBDC研究を動機づける可能性のある7つのポイント

1.中央銀行マネーへのアクセスを維持するため

現金よりも電子マネーが普及する地域では、中央銀行が直接制御できる現金を利用する機会が減少している傾向にあります。その傾向が強まることで、将来的には中央銀行マネーにアクセスできない層が生まれる可能性があり、その多くがリスクのある決済サービスプロバイダーに依存せざるを得ない状況になってしまうことが懸念されます。
またこの状況は中央銀行による金融政策が機能しない状態であるとも言え、域内の通貨安定性を制御する機能が弱まっている状態であることも同時に意味しています。すでにある事例としてはカンボジアのCBDCプロジェクトであるBakongがこれに関連した動機を持っていると言えるでしょう。

2.現金にはレジリエンスがある

現金はオンライン上の決済システムが機能しない場合のバックアップ支払い方法として機能します。これは先の1.に関連することであり、民間の電子マネーが普及した結果、現金へのアクセスが失われると、現金の持つバックアップ機能の有用性が失われてしまいます。そのため民間の電子マネーに決済機能を独占されてしまうことは避けなければならず、決済機能の多様性を維持するためにも現金と依存関係にあるCBDCの存在が役立つ可能性があります。
またCBDCはそれ自体が災害時やインターネットが接続できない場所でも利用できるようにオフライン機能の開発研究が進められています。ただし、この点は高度な偽造防止機能(物理的、法的罰則も含む)を持つ現金と異なり、CBDCシステムは多くのエンドポイントを持つことになるため、サイバーリスクへの対処がその課題として挙げられます。

3.決済の多様性を維持、または向上させるため

民間の決済システムは、他のプラットフォーム同様にネットワーク効果の恩恵を受けて独占、寡占化する恐れがあります。またこれら民間の決済システムはクローズドループシステムとして組織化するインセンティブがあるため、異なる決済システム間の相互運用性は確保されない可能性があります(例えば楽天Payはポイントシステムを軸に楽天経済圏でクローズする傾向があるなど、他の〇〇Payも同様の傾向がある)。
この結果、少数の決済システムが支配的になると加盟店などに課すコストを高めることが可能になるため、仮にそのようなことが起きた場合には、これらのコストが利用者に間接的に転嫁される懸念があります。その他、決済システムが経済圏ごとに分断されることによって、利用者側は利用先に応じて決済方法を変更しなければならないなどの不便を強いられる可能性もあり、社会として非効率なものとなりかねません。
中央銀行によるCBDCと民間の決済サービスプロバイダーが提供する電子マネーとの違いはいくつかあります(下記の補足で説明)が、そのうちの一つとして決済サービスプロバイダーは利益目的で運営されているのに対して、CBDCは公共政策として行っているという違いを挙げられます。CBDCは中立性を保ち、オープンで包括的なシステムを提供することを前提とするため、民間の決済システムのように市場を分断するようなことはないと考えられます。

補足:民間決済サービスプロバイダーが連携するsCBDC(シンセティックCBDC)は本質的にCBDCとは異なる

sCBDCについては過去のレポートで紹介していますので、詳細は「sCBDCと電子マネー 官民連携による中銀デジタル通貨「sCBDC」概観」を参照ください。
sCBDC(Synthetic CBDC)とは、民間の決済サービスプロバイダーが中央銀行の保有する資金を元に発行する負債のことであり、本質的にはナローバンクマネーの一形態として捉えることができます。一般的に定義されるCBDCと比較すると、民間プロバイダー間での競争原理が働くためエンドユーザーの利便性向上に貢献する可能性があるとして注目を集めたCBDC発行方法です。
しかしBISの報告書には、sCBDCは中央銀行とエンドユーザーの仲介者として役立つ可能性はあるものの、本質的にCBDCとは異なると記載されています。その違い、CBDCとしては扱えない理由を以下列記します。※一部は民間の電子マネーとの違いとしても参考可能です。
  1. sCBDCはエンドユーザーが中央銀行の債権を直接保有しているわけでなく、仲介する決済サービスプロバイダーを介して間接的に保有していることになる。ゆえにsCBDCは本質的にはナローバンクマネーの一形態であり、定義上CBDCには当てはまらない。

  2. 民間の決済サービスプロバイダーは、ネットワーク効果の恩恵を受けて一部のプロバイダーが独占、寡占化する恐れがある。中央銀行は利益目的ではなく、公共政策という目的を持っており、利用者に対して中立性を保ち、オープンで包括的なシステムを提供するものであり、この点でもsCBDCはCBDCと異なる。

  3. 中央銀行は市場の需要に応じて負債を新規発行するなどして通貨の価値を安定化させる役割を持つが、決済サービスプロバイダーは設計上この機能を代替することはできない。

  4. sCBDCはその価値の裏付けとなるマッチングファンドの存在が懸念される。規制の枠組みが、仲介役であるプロバイダーの負債と中央銀行の資金を完全に一致していることを保証することができれば問題とはならないが、そうでない場合はsCBDCの価値は仲介者に対する信頼で成り立つ。仲介者の存在が懸念される場合は額面よりも割安になる可能性も否定できず、CBDCにはないリスクがsCBDCでは発生する可能性がある。
以上の点において、sCBDCは本質的にはCBDCとは異なるということが言えます。上記に記載したようにsCBDCの価値の裏付けとなるマッチングファンドに対する規制の枠組みを設けることで、ある程度リスクを排除したsCBDCを機能させることはできるでしょう。しかし、その規制要件が資金面でスタートアップ企業の活動を抑制することは十分に考えられ、結果として市場参加者が減少すると競争原理が働かずCBDCの利便性向上という利点を阻害する可能性はあります。既存の電子マネーと比較した際の利便性がどこにあるのか、その促進方法については検討する必要はあるでしょう。

4.金融包摂の促進

金融包摂の促進は、パブリックブロックチェーン上のDeFiのような分散型金融システムが先行する事例と言えますが、CBDC研究における主要テーマの一つとしても挙げられます。ただし、インターネットに接続できれば誰もがアクセス可能なDeFiとは異なり、CBDCは法域によって制限されるであろうことから、金融包摂を改善するのはより複雑です。
またCBDCは全ての国民を対象とする金融システムである以上、オンライン上の金融システムへのアクセス以前の課題として、デジタル技術に対する知識、地域によって識字率の低さなどに対処する必要性もあります。

5.クロスボーダー決済

クロスボーダー決済可能なCBDCは、既存のSWIFTのような決済システムを代替し、国際取引コストや決済処理スピードの改善を期待できる注目テーマです。しかしながら、国内決済と異なり、国外とのやりとりを実現するには、「異なるプラットフォーム」、「異なる管轄区域」、「異なる資産」という3つの障壁を乗り越えなければ実現しません。
例えば各国中央銀行がEthereumパブリックチェーン上のERC20規格に準じてCBDCを開発しているのであれば、相互に送受信することはできますが、実際にはQuorumやCorda、Hyperledger irohaなど「異なるブロックチェーン基盤」で開発を進めているため、それらとの相互運用性を個別に確保していく必要があります。
そして「異なる管轄区域」であるため、当然やりとりに関連する規制も異なります。各国のCBDCシステムが孕むリスクが、法域外で発生した場合に備えてルールを制定しておく必要性はあるでしょう。
「異なる資産」は例えば日本円CBDCと米ドルCBDCの交換時に、どのタイミングで為替レートを決定し、資産の引き渡しと受払いのタイムラグをどのように解消して交換するのかといった課題が出てきます。CBDCのクロスボーダー決済に関する取り組み事例としてカナダ中銀とシンガポール中銀によるJasper-Ubinプロジェクトが挙げられ、HTLC(Hashed Time Locked Contracts)プロトコルを用いた探索が行われています。
CBDCの相互運用性は決済手段の多様性にどのように対応していくかということであり、Jasper-Ubinの過去の取り組みのように異なるプラットフォームで、異なる資産に個別に対応することは複雑性が高いため、これらのベースとなる規格を統一する国際標準規格が求められます。また、異なる管轄区域に対応するための国際的なルール作りも求められるでしょう。
その他、この複雑性に対処する方法として、複数のCBDCを担保に発行することを目論むDiem(旧Libraプロジェクト)のようなバスケット型GSC(グローバルステーブルコイン)による仲介によりクロスチェーンを実現するということも一つの手段として期待できるかもしれません。
CBDCによるクロスボーダー決済は特に期待されるテーマであるため、今後も研究が進んでいく分野であると考えられますが、ここで述べたこと以外にもCBDCに課税機能や付利機能を組み込んだ場合など様々な課題が挙げられるため、すぐに実現できるようなテーマではないと言えます。

6.公共におけるプライバシー(または匿名性について)の調整

現金のようなプライバシーレベルをCBDCで再現することができるのかという点ですが、結論から言えば現時点の匿名技術は発展途上であり、プライベートトランザクションの仕組みも複雑なため難しいと言えます。※将来的に匿名技術が進歩すればその実現も不可能ではないでしょう。
またAML/CFT(マネーロンダリング防止、およびテロ資金対策)の要件を満たすという観点から現金並のプライバシーレベルをCBDCに設けることは現実的ではありません。中央銀行はAML/CFT要件を満たすことを目的にしているわけではありませんが、これに適合するシステムにすることは期待されていると言え、情報の匿名性と開示のバランスを調整することもCBDC研究の主要テーマの一つと言えます。

7.財政政策と金融政策の効率化、および選択肢の増加

Covid-19の感染拡大の影響を受け、各国政府が企業や個人に対して政府財源を配分するという財政政策が行われましたが、これらの作業を迅速に行う(例えば国民に直接貨幣をドロップするヘリコプターマネーの実施など)上でCBDCシステムが役立つ可能性はあります。前提としてCBDCシステムに個人や企業を識別できるIDシステムが設けられており、それらのIDを国民が広く所有していることを必要としますが、CBDCを送受信できるウォレットアドレスに政府発行のIDが紐づいていれば、銀行システムによらない財政移転が可能になります。
また政府による財政政策の他、日銀が行う金融政策にもCBDCを利用しようという考え方があります。その代表的なケースとしてはCBDCに付利機能を組み込み、金利を高めることでCBDCの貯蓄を促して消費を抑制したり、一方で金利をマイナスにすることで シビル・ゲゼルが提唱した「減価する貨幣」のように貯蓄を抑え、消費を促すといった政策をダイレクトに行うことが挙げられます。金利をダイレクトに操作する他、有効期限のある移転機能や特定の商品への支出を条件とした移転機能といったことも可能になるでしょう。このような「プログラム可能なお金」の事例はパブリックブロックチェーン上のDeFiが先行していますが、これをCBDCに応用したプログラマブルな金融政策は今後その実現に向けて検討される余地はあります。
ただし、デジタルユーロのように複数の法域で用いられる通貨にこのようなプログラマブルな性質を組み込む場合は、異なる法域の保有者に直接課税ができてしまうため、政治的、法的な問題を孕んでいると言えます。仮にこれを避けるために、デジタルユーロを法域ごとにセグメント分けして金利レートを設定可能にしたとすると、同じデジタルユーロでも法域ごとにセグメントが分かれているため、アービトラージの機会を引き起こす可能性はあります。
またこのようなプログラム可能性を持つCBDCの存在により、金融政策(中央銀行)と財政政策(政府)を区分する垣根が曖昧になるため、金融政策の独立性をどのように維持するのかという懸念に対する検討も必要になるでしょう。

総論

本レポートでは、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の研究を推し進める各国中央銀行の動機を理解することを目的に、BISの報告書を元に7つのポイントに整理して解説しました。
ここで挙げた7つのポイントは、将来的に期待されることではある一方で、まだ課題も多く、さらに付け加えるならば想定されるCBDC発行のメリットがコストを上回るものであるのかどうかも今後の実証実験などを経て明らかになってくると考えられ、その多くは検討段階に留まります。
執筆時点でのCBDCプロジェクトはすでに稼働しているものもあれば、近い将来稼働する予定のもの、これから実証実験を行うものなど様々ですが、その研究は着実に前進していることは確かだと言えます。