香港出張報告① 日本の金商法改正と機関投資家の参入
2026年02月17日
この記事を簡単にまとめると(AI要約)
目次
- 日本の暗号資産市場は、どのようにして機関投資家が「使える市場」になるのか — Market Integrity と Institutional Income の視点から —
- はじめに:射程
- 日本の現在地:口座数は多いが、機関投資家の資金は薄い
- 世界の中での暗号資産の位置づけ
- なぜ日本は資金決済法から始まったのか
- 金商法改正の意味:市場の規律の型を変える
- 金商法改正がもたらすもの/もたらさないもの
- Market Integrity の実体:誰が動けるようになるのか
- なぜ機関投資家資金はそれでも簡単に動かないのか
- インカム運用の選別:残るものと淘汰されるもの
- 機関投資家に適した現実解:レンディング × 先物ヘッジ
- 助言と裁量の分離が成否を分ける
- 日本の競争力としての可能性
- なぜカストディがハブになるのか
- 段階的な進化:拙速ではなく進化
- 結び:日本が目指すべき市場像
2026年2月10日にConsensus Hong Kong のInstitutional Summit (機関投資家サミット)のRound Table にスピーカーとして参加致しました。おそらく、同サミットのスピーカーとして参加したのは日本人として唯一ですので、①そこでお話しをしたことの要約及び②当日のディスカッションの要点及び雑感を2回にわけてお伝えいたします。
第1回は、Round Tableで私からお話をしたことの要約をお伝えいたします。細かな点で様々な反論やディスカッションは巻き起こりましたが、概ねご理解を頂いた内容となります。なお、英語でお話しした内容を日本語訳しており、若干日本語としては不自然な点、予めご容赦ください。
第1回は、Round Tableで私からお話をしたことの要約をお伝えいたします。細かな点で様々な反論やディスカッションは巻き起こりましたが、概ねご理解を頂いた内容となります。なお、英語でお話しした内容を日本語訳しており、若干日本語としては不自然な点、予めご容赦ください。
日本の暗号資産市場は、どのようにして機関投資家が「使える市場」になるのか — Market Integrity と Institutional Income の視点から —
はじめに:射程
本日は、「日本の暗号資産市場が、どのようにして機関投資家が実際に使える市場、 institutional-grade な市場になり得るのか」についてお話しします。
あらかじめ申し上げておきますが、今日の話は「日本にいつ、どれだけの資金が流れ込むか」という予測の話ではありません。主軸は market integrity、すなわち市場の規律と品質をどのように高め、暗号資産を日本の機関投資家にとって「投資・運用のプロセスに載せられる資産」、言い換えると deployable な資産にしていくか、という構造の話です。
暗号資産に強気か弱気かという立場論ではなく、制度設計と実務の観点から、日本の機関投資家が実際に動き条件を、できるだけ具体的に整理していきます。
あらかじめ申し上げておきますが、今日の話は「日本にいつ、どれだけの資金が流れ込むか」という予測の話ではありません。主軸は market integrity、すなわち市場の規律と品質をどのように高め、暗号資産を日本の機関投資家にとって「投資・運用のプロセスに載せられる資産」、言い換えると deployable な資産にしていくか、という構造の話です。
暗号資産に強気か弱気かという立場論ではなく、制度設計と実務の観点から、日本の機関投資家が実際に動き条件を、できるだけ具体的に整理していきます。
日本の現在地:口座数は多いが、機関投資家の資金は薄い
日本の暗号資産取引所の口座数・残高について、2025年秋時点で口座数は延べ1,300万口座超、預託金残高は5兆円以上となっています。
一見すると、日本は暗号資産の裾野が非常に広い市場に見えますが、SBIグループの暗号資産取引所の内容を見ていても、圧倒的に個人投資家中心のマーケットとなっています。また、銀行・証券会社・保険会社・ペンションファンドといった大型の機関投資家のフローは殆どないと言ってよいでしょう。少なくとも、現時点の日本は、依然として個人投資家主導の市場構造が強い、というのが出発点です。
一見すると、日本は暗号資産の裾野が非常に広い市場に見えますが、SBIグループの暗号資産取引所の内容を見ていても、圧倒的に個人投資家中心のマーケットとなっています。また、銀行・証券会社・保険会社・ペンションファンドといった大型の機関投資家のフローは殆どないと言ってよいでしょう。少なくとも、現時点の日本は、依然として個人投資家主導の市場構造が強い、というのが出発点です。
世界の中での暗号資産の位置づけ
グローバルの規模感も確認しておきます。 2025年末時点で、暗号資産の世界時価総額は約3兆ドルと推計されています。
一方で、世界の株式時価総額は約127兆ドル、債券残高は約145兆ドルです。株式と債券だけで約270兆ドル超の世界に対し、暗号資産は約1%前後の規模に過ぎません。
つまり、世界全体で見ても暗号資産は、まだ主要資産クラスというより「周辺的なオルタナティブ資産」であり、日本はその中でも機関投資家の参加が限定的な市場だと言えます。
一方で、世界の株式時価総額は約127兆ドル、債券残高は約145兆ドルです。株式と債券だけで約270兆ドル超の世界に対し、暗号資産は約1%前後の規模に過ぎません。
つまり、世界全体で見ても暗号資産は、まだ主要資産クラスというより「周辺的なオルタナティブ資産」であり、日本はその中でも機関投資家の参加が限定的な市場だと言えます。
なぜ日本は資金決済法から始まったのか
では、なぜ日本はこのような位置づけになったのでしょうか。制度の出発点に戻ります。 日本は暗号資産の制度整備を比較的早期に進めてきましたが、その中心は長らく資金決済法でした。
資金決済法は、暗号資産を「決済手段(Payment)・交換対象(Exchange)・保管対象(Custody)」として捉え、事業者の登録、分別管理、AML/CFTなどを通じて、利用者保護と事業者規律を重視する枠組みです。
これは、個人投資家保護や破綻対応という観点では非常に重要であり、日本市場が過去の流出インシデントを経て分別管理やコールドウォレット管理を強化してきた背景でもあります。
一方で、資金決済法の枠組みは、暗号資産を投資市場として整備するという点では限界がありました。 投資家保護、開示、市場行為規制、不公正取引、監視と執行といった「金融商品市場としての規律」は、長年、金商法の下で積み上げられてきたものです。暗号資産が資金決済法の世界に留まり続ける限り、機関投資家が組織として投資判断を行うための「説明の型」を作りにくい、という問題が残っていました。
資金決済法は、暗号資産を「決済手段(Payment)・交換対象(Exchange)・保管対象(Custody)」として捉え、事業者の登録、分別管理、AML/CFTなどを通じて、利用者保護と事業者規律を重視する枠組みです。
これは、個人投資家保護や破綻対応という観点では非常に重要であり、日本市場が過去の流出インシデントを経て分別管理やコールドウォレット管理を強化してきた背景でもあります。
一方で、資金決済法の枠組みは、暗号資産を投資市場として整備するという点では限界がありました。 投資家保護、開示、市場行為規制、不公正取引、監視と執行といった「金融商品市場としての規律」は、長年、金商法の下で積み上げられてきたものです。暗号資産が資金決済法の世界に留まり続ける限り、機関投資家が組織として投資判断を行うための「説明の型」を作りにくい、という問題が残っていました。
金商法改正の意味:市場の規律の型を変える
ここで登場するのが、金商法改正の議論です。 金融庁の暗号資産制度に関するワーキング・グループ資料を見ると、暗号資産を金融商品として位置づけ、不公正取引規制や業者行為規制を含めて、金商法の枠組みに整理していく方向性が明確になっています。これは単なる名称変更ではなく、市場の規律の型を変えるという意味を持ちます。 もちろん、事業者の負担は増えます。情報開示、インサイダー情報の管理、不公正取引への対応など、資金決済法の世界では本格的に扱ってこなかった概念が入ってきます。交換業者の立場から見れば、負担増に見えるのは自然です。
ただし、ここで重要なのは、金商法改正が何をするのかと同時に、何をしないのかを理解することです。
ただし、ここで重要なのは、金商法改正が何をするのかと同時に、何をしないのかを理解することです。
金商法改正がもたらすもの/もたらさないもの
金商法改正がもたらすのは、市場規律(Market Integrity)と責任主体の明確化です。暗号資産を投資商品として扱う上で必要なルール、監視、開示、投資家保護の枠組みを整えることです。
一方で、金商法改正は、税務、会計、バーゼル規制といった資本制約やALM制約を直接変えるものでもありません。そして、機関投資家の資金流入を保証するものでもありません。
金商法改正は、資金を呼び込む魔法の杖ではなく、市場の品質を高めるための前提条件です。
一方で、金商法改正は、税務、会計、バーゼル規制といった資本制約やALM制約を直接変えるものでもありません。そして、機関投資家の資金流入を保証するものでもありません。
金商法改正は、資金を呼び込む魔法の杖ではなく、市場の品質を高めるための前提条件です。
Market Integrity の実体:誰が動けるようになるのか
では、Market Integrity の実体とは何でしょうか。 金商法化によって、運用現場が楽になるわけではありません。むしろ、事業者や規制当局の負荷は増える局面もあります。
一方で、最初に「動けるようになる」のは、機関投資家の法務・コンプラ・リスク管理、そして投資委員会です。 例えば、アセットマネジメント会社を思い浮かべてください。暗号資産が資金決済法の世界に留まっていると、「投資商品として扱ってよいのか」「不公正取引はどう整理されるのか」「何か起きたときに誰が責任を負うのか」といった疑問が残り、結果として投資委員会が「暗号資産を扱うこと自体」に慎重になります。
金商法の枠に入ることで、市場規律の型と責任の所在が見える。これは投資判断の前提条件、すなわち deployability を高めるという意味での market integrity です。
一方で、最初に「動けるようになる」のは、機関投資家の法務・コンプラ・リスク管理、そして投資委員会です。 例えば、アセットマネジメント会社を思い浮かべてください。暗号資産が資金決済法の世界に留まっていると、「投資商品として扱ってよいのか」「不公正取引はどう整理されるのか」「何か起きたときに誰が責任を負うのか」といった疑問が残り、結果として投資委員会が「暗号資産を扱うこと自体」に慎重になります。
金商法の枠に入ることで、市場規律の型と責任の所在が見える。これは投資判断の前提条件、すなわち deployability を高めるという意味での market integrity です。
なぜ機関投資家資金はそれでも簡単に動かないのか
ただし、市場の品質が整っても、機関投資家の資金は自動的には動きません。 特に日本の生損保、銀行、年金といった大手機関は、ALM(Asset Liability Management)に強く支配されます。そして、彼らが重視するのはキャピタルゲインよりもインカムゲインです。
暗号資産は価格変動が大きく、単純な現物保有は説明責任のハードルが高い。したがって、ETFの器が整ったとしても、機関投資家の関心は「エクスポージャーを持つか」ではなく、「インカムはどこから来るのか」「そのインカムはどのリスクの対価なのか」という問いに向かいます。 ここが、日本の機関投資家化を考える上での本当のボトルネックです。
暗号資産は価格変動が大きく、単純な現物保有は説明責任のハードルが高い。したがって、ETFの器が整ったとしても、機関投資家の関心は「エクスポージャーを持つか」ではなく、「インカムはどこから来るのか」「そのインカムはどのリスクの対価なのか」という問いに向かいます。 ここが、日本の機関投資家化を考える上での本当のボトルネックです。
インカム運用の選別:残るものと淘汰されるもの
暗号資産のインカム手段としては、レンディング、ステーキング、オプション戦略、DeFiなどが考えられます。しかし、日本の制度・監査・受託者責任の下で成立するためには、「説明可能」「監査可能」「責任帰属が明確」である必要があります。
金融庁の報告書では、暗号資産を借り入れて運用する形態が、現行法上は規制の外側に抜け得る構造を持つ一方、利用者が信用リスク等を負うため、金商法で投資者保護の枠組みを適用すべきだという問題意識が明示されています。
ここから導かれる結論は明確です。 金商法改正は、インカムを得る様々な手段を封殺するのではなく、不透明なインカムゲインを得ることを淘汰するという見方が出来ます。
金融庁の報告書では、暗号資産を借り入れて運用する形態が、現行法上は規制の外側に抜け得る構造を持つ一方、利用者が信用リスク等を負うため、金商法で投資者保護の枠組みを適用すべきだという問題意識が明示されています。
ここから導かれる結論は明確です。 金商法改正は、インカムを得る様々な手段を封殺するのではなく、不透明なインカムゲインを得ることを淘汰するという見方が出来ます。
機関投資家に適した現実解:レンディング × 先物ヘッジ
この文脈で、現実的に成立し得るモデルが機関投資家限定レンディング × 先物ヘッジです。 運用のイメージを具体的に説明します。 機関投資家はBTCやETHの現物を保有し、それを機関限定で相対のレンディングに出します。借り手はマーケットメイカーやヘッジファンドなどで、用途はショートポジション構築や裁定取引、流動性供給です。ここで生じる貸借料がインカムの源泉になります。 このままでは価格変動リスクを負うため、価格リスクを消すために先物でヘッジします。日本国内に機関投資家が本格的に使える暗号資産先物市場は現時点ではなく、実務ではCMEのBTC・ETH先物など、海外の規制市場を使います。 現物をロングで保有し、同数量を先物でショートすることで、価格変動の影響はほぼ相殺されます(為替リスクは依然として負うことになります)。 結果として機関投資家が得るのは、「レンディング料 − ヘッジコスト」です(現実的には保守的な運用においては2%程度になるでしょうが)。 これは暗号資産の値上がりに賭けた結果ではなく、暗号資産市場の貸借需給から生じるキャリーを回収した結果だと説明できます。
助言と裁量の分離が成否を分ける
この構造で決定的に重要なのが、助言と裁量の分離です。 ヘッジ方針について、業者はリスク管理の観点から助言を行うことはできますが、最終判断は投資家が行い、意思決定ログを残す必要があります。
助言はリスク軽減のため、裁量はリターン創出のため。この線を越えた瞬間に、制度上の評価が変わります。 だからこのモデルは、「成立するが、設計を誤ると潰れる」構造です。
助言はリスク軽減のため、裁量はリターン創出のため。この線を越えた瞬間に、制度上の評価が変わります。 だからこのモデルは、「成立するが、設計を誤ると潰れる」構造です。
日本の競争力としての可能性
では、なぜこのモデルが日本の競争力になり得るのでしょうか。 金商法改正は、短期的には事業者コストを増やします。しかし、中長期的には、粗い商品を淘汰し、機関投資家が使える品質の構造だけを残すフィルターとして機能し得ます。 その結果、日本は派手な高利回り市場ではなくても、説明可能で耐久的なインカムゲインを中心とした運用形成できる可能性があります。 日本が目指すべきは、「最も速い市場」ではなく、安全にスケールし得る市場です。
なぜカストディがハブになるのか
この構造の最大のリスクは価格ではありません。 最大のリスクは、オペレーションとクレジットです。 「貸している間も、現物の最終的な支配を誰が握っているのか」「破綻時に即座に制御できるのか」。 この点で、証券会社や銀行よりも、暗号資産ネイティブなカストディがハブとして自然な位置に立ちます。 マルチシグ、ポリシーベースの承認、再担保制御、オンチェーンでの即応性。 この戦略において、カストディはバックオフィスではなく、リスクエンジンです。
段階的な進化:拙速ではなく進化
将来については、拙速な全面解禁ではなく、段階的な進化が現実的です。 監査可能で、ホワイトリスト化され、上限管理と停止手順があり、KPIでリスクが可視化される形で、徐々に運用の幅を広げていく。その前提として、まずは機関投資家限定・相対取引として説明可能なインカムゲインを成立させる必要があります。
結び:日本が目指すべき市場像
日本の金商法改正は、資金流入を約束するものではありません。しかし、日本の暗号資産市場を、機関投資家が「使える市場」に変えるための一手といえるでしょう。
日本の機関投資家が本質的に求めるのは、価格投機ではなく、説明可能なインカムゲインです。 金商法改正は運用手段を制限するのではなく、不透明な運用手法を淘汰します。 その中で、機関限定レンディング × 先物ヘッジ × 助言の分離という構造は、制度・実務・投資家心理のすべてと整合する、現実的な解です。 日本は最速ではないかもしれません。 しかし、機関市場で本当に重要なのは速さではなく耐久性です。 日本が目指すべきは、保守的だがスケールし得る、Institutional-grade な暗号資産市場です。
日本の機関投資家が本質的に求めるのは、価格投機ではなく、説明可能なインカムゲインです。 金商法改正は運用手段を制限するのではなく、不透明な運用手法を淘汰します。 その中で、機関限定レンディング × 先物ヘッジ × 助言の分離という構造は、制度・実務・投資家心理のすべてと整合する、現実的な解です。 日本は最速ではないかもしれません。 しかし、機関市場で本当に重要なのは速さではなく耐久性です。 日本が目指すべきは、保守的だがスケールし得る、Institutional-grade な暗号資産市場です。
※免責事項:本レポートは、いかなる種類の法的または財政的な助言とみなされるものではありません。