市場の「摩擦」は誰の収益になるのか|市場の歪みで稼ぐ者、歪みを消す者:リサーチチームが選ぶ今週の注目トピック 2026年9月7日号
2026年09月07日
この記事を簡単にまとめると(AI要約)
目次
- 前提
- 今週のインサイト
- 今週1週間分のニュースを紹介
- ▍HIP-3株式永久先物で$10Mを稼いだ裁定取引の実録
- ▍金融市場がブロックチェーンに求めるのは速度より予測可能性
- ▍Robinhood Chainの薄い流動性が生む高利回り機会
- ▍韓国クリプト市場を決める制度整備と金融機関の先回り戦略
- ▍ステーブルコイン利回りを国債と比較するオンチェーン運用論
- ▍Robinhood Chainで再燃する高利回りDeFiファーミング
- ▍AIエージェント経済を支えるブロックチェーン基盤の投資論
- ▍クリプトの主役交代が映す「投機市場」からインフラへの転換
- ▍アルゼンチンで定着する「ドルとしてのステーブルコイン」
前提
本レポートでは、最新のクリプトやWeb3市場、オピニオンに関する記事やスレッドをまとめています。各記事の要点を把握し、トレンドやインサイトを効率的にキャッチアップできる内容となっていますので、ぜひご活用ください。
今週のインサイト
今週のトピックを横断すると、オンチェーン金融の成長過程では「市場の摩擦」そのものが大きな収益機会になっていることが見えてきます。HIP-3では、24時間動く永久先物と営業時間のある伝統市場との価格差を早期参加者が裁定し、Robinhood Chainでは取引需要に対して流動性供給が追いつかず、短期的に極端な手数料利回りが生まれています。しかし、こうした歪みは機関投資家や流動性提供者が参入すれば縮小します。その先で重要になるのが、取引順序や確定時間を予測可能にする市場設計、国債と比較できるリスク調整後利回り、制度整備、権限管理といった「摩擦を小さくする仕組み」です。AIエージェント向け金融でも、価値を持つのは単に自律取引を可能にする技術ではなく、誰の代理として、いくらまで、どの条件で動けるかを安定して定義する基盤です。アルゼンチンでステーブルコイン利用が危機後も残ったことも、一度取り除かれた金融摩擦は簡単には元に戻らないことを示しています。今週は、一時的な歪みから利益を得るプレイヤーと、その歪み自体を恒久的に減らすプレイヤーの双方が見えた1週間だったといえます。
今週1週間分のニュースを紹介
▍HIP-3株式永久先物で$10Mを稼いだ裁定取引の実録
要約
本稿は、CBB氏と兄弟2人が、HyperliquidのHIP-3で上場された株式・商品永久先物と伝統金融市場との価格差を利用し、約10か月で$10M超を稼いだとする裁定取引の実録です。2025年10月にHIP-3とTradeXYZの株式永久先物へ早期参入し、IBKRをヘッジ先として、Hyperliquid側の価格が伝統市場より割安なら買い、割高なら売るという比較的単純な戦略を自動化しました。
開始当初は株式や先物の経験がほぼなく、ClaudeにIBKRの画面や仕組みを質問しながら学習したとしています。それでも、制度対応や社内承認を必要とする大手金融機関より圧倒的に早く戦略を実装できることを自分たちの優位性と捉え、金・銀、原油、半導体株など取引が活発化した市場で収益機会を拡大しました。
最終的に、HIP-3とIBKRを合わせて約$32Bを取引し、TradeXYZ全体の取引量の約1.5%を占め、約$10Mの利益、投入資本に対して時期により35〜45%程度の年率リターンを得たと主張しています。ただし、これらは著者自身による実績報告であり、第三者による検証結果ではありません。
重要ポイント
基本戦略は、IBKR上の株式・先物価格を基準価格として、HIP-3との乖離を取りにいくものです。たとえばHIP-3上のNVDA永久先物がIBKRより安ければHyperliquid側で買い、約定後にIBKRで対応する売りポジションを構築します。逆にHIP-3が割高なら、Hyperliquid側を売ってIBKR側を買います。
実運用では、最小ヘッジ数量、1注文あたりの最大数量、許容スリッページ、両市場間の最大ポジション差、指値注文の価格差、総ポジション上限などを銘柄ごとに細かく設定しています。特にIBKRでは最低手数料があるため、小さなヘッジを連発せず一定量までポジション差を貯めてからまとめて処理するなど、実際のコスト構造に合わせた調整を行っています。
2025年11月にはHIP-3だけで約$850Mを取引し、$500K超を稼いだとしています。2026年1月には金・銀相場の活況を受けて月間$1.7Bを取引し、資金調達率による収益だけでも$600K超に達しました。その後も原油、半導体株へ機会が移り、5〜7月には月間$1.5B〜$2.5Bを取引し、週あたり約$400K〜$500Kを稼ぐ状態が続いたとしています。
読みどころ
最も重要な場面は、2026年1月27日に発生した$1.1Mの損失です。IBKRのAPIデータが正常に更新されなくなり、ボットが存在しないポジション差を認識し続けた結果、金先物を繰り返し売り増しし、最終的に約$120Mの売りポジションを抱えました。
金価格が上昇していたため証拠金不足の警告を受け、著者が手動でポジションを解消しました。この事故を受け、価格データの鮮度確認、ポジション増加前の追加チェック、異常時の停止条件などを強化しています。翌日には銀市場で約3%の価格乖離が発生し、約$600Kを稼いで損失の一部を取り戻したとしています。
この事例は、裁定取引が「価格差を取るだけだから低リスク」という単純なものではないことを示しています。価格リスクを両市場で相殺していても、API停止、データ遅延、片側約定、銀行送金、証拠金不足などの運用リスクが残ります。特にクリプト市場と伝統金融市場をまたぐことで、資金移動が数分では完了せず、資本効率そのものが戦略の重要な制約になっています。
示唆
本稿の最大の示唆は、裁定取引の優位性が高度な予測モデルだけで決まるわけではなく、「新しい市場へ誰より早く入り、十分な資本と運用基盤を持って価格差を取り続けられるか」に大きく依存することです。著者自身も、Wintermuteなど大手が参入すると収益率が急速に低下すると認識しており、自分たちの強みを長期的な技術優位ではなく、実装速度と初動の速さに置いています。
また、HIP-3の成長によって、クリプト市場の裁定対象がBTCやETHだけでなく、株式、金、銀、原油、半導体へ広がっている点も重要です。TradeXYZのような市場が24時間取引できる一方、ヘッジ先の伝統市場には営業時間や資金移動の制約があるため、その「市場構造の非対称性」自体が一時的な収益機会を生み出しています。
AIの役割も興味深く、Claudeは裁定判断そのものを担っていません。IBKRの学習、取引履歴の分析、損失要因の特定、改善点の洗い出しなど、人間の学習と研究を加速する用途で使われています。これは「AIが直接市場を予測する」より、「人間が新しい市場へ参入する速度を上げる」方が現時点では実用的だという事例としても読めます。
一方、最終的な$10M利益は著者による自己申告であり、監査済み成績ではありません。また高い収益は、HIP-3開始直後という競争の少なさ、金属・原油・半導体市場の異常な変動、十分な運用資本という特殊条件に支えられています。実際、機関投資家の参入によって価格差はすでに縮小しているとされます。したがって本稿は、再現可能な必勝戦略というより、「新市場の立ち上がりで生じる一時的な市場構造の歪みを、速度と資本で最大限取り切った事例」として読むのが適切です。
▍金融市場がブロックチェーンに求めるのは速度より予測可能性
要約
本稿は、ブロックチェーンが金融市場の基盤になるためには、単に高い処理能力を実現するだけでは不十分だと論じています。これまでブロックチェーンの性能議論では、1秒あたり何件処理できるか、手数料をどこまで下げられるかが中心でした。しかし、業界全体の処理能力が過去5年で100倍超に伸び、一部の実稼働システムが毎秒数万件を処理できるようになったことで、次の課題へ焦点が移りつつあります。
金融市場で重要になるのは、「いつ取引が取り込まれるのか」「どの順番で処理されるのか」「誰でも公平に取引を送信できるのか」「執行前の情報をどこまで隠せるのか」という予測可能性です。
著者は、ブロックチェーンが本格的な金融市場を支えるには、高い処理能力に加えて、取引の確実な取り込み、公平で明確な順序付け、単一事業者に依存しないアクセス、執行前の秘匿性と執行後の検証可能性を同時に備える必要があると整理しています。
重要ポイント
金融取引では、単に「いつか処理される」だけでは不十分です。たとえばオンチェーンの注文板で、マーケットメーカーのキャンセル注文が遅れれば、古い価格に対して他の参加者が取引できてしまいます。こうしたリスクを織り込むと、マーケットメーカーはスプレッドを広げるため、市場全体の価格条件が悪化します。
そのため必要になるのが、取引が一定時間内に確実に取り込まれる保証と、その後どの順番で処理されるかを事前に理解できる仕組みです。著者らが提案する「Strong Chain Quality」は、次のブロックへのアクセスを単一の運営者の待ち行列へ依存させず、複数経路から有効な取引を取り込めるようにする考え方です。
もう1つの課題が取引順序です。現在のブロックチェーンでは、ブロック作成者がどの取引を入れ、どの順番に並べるかについて一定の裁量を持つ場合があります。金融市場ではこの順番が約定価格や優先順位そのものを決めるため、恣意的な並べ替えは深刻な問題になります。
読みどころ
本稿で特に重要なのは、MEVを単なるDeFi特有の問題ではなく、伝統金融で長く問題になってきた「注文情報への特権的アクセス」と同じ構造として捉えている点です。
たとえばブロック作成者が他人の注文を事前に確認し、その前後へ自分の取引を差し込めれば、参加者間に情報格差が生まれます。これは、中央集権型市場で注文フローを先に見られる仲介者が優位を得る構造と似ています。
そこでブロックチェーン側では、優先手数料などに基づく決定論的な順序付けや、取引所ごとのルールを明示する方式などが研究されています。重要なのは、伝統的な取引所における価格・時間優先のように、「自分の注文がどの規則で処理されるのか」を参加者が事前に理解できることです。
さらに、金融市場では注文内容を執行前から完全公開すること自体も問題になります。大口投資家がポジションを構築していることが知られれば、他の参加者が先回りして価格を動かせるためです。
示唆
本稿の最大の示唆は、金融機関が求めているのは「速いブロックチェーン」ではなく、「極端な状況でも挙動を予測できるブロックチェーン」だという点です。
ネットワークが混雑したとき、攻撃を受けたとき、大量の注文が集中したときでも、誰が取引を送信できるのか、どの順番で処理されるのか、いつ確定するのかが一貫していなければ、本格的な市場インフラとしては使いにくくなります。最大処理能力よりも、最悪時の挙動が重要になるということです。
また、透明性も単純に「すべて公開すればよい」という話ではありません。執行前には注文内容を秘匿し、執行後には取引が規則通り処理されたことを検証できる設計が必要です。著者は時間差暗号や閾値暗号などを、注文順序が確定するまで内容を隠す手段として挙げています。
この議論は、金融機関向けブロックチェーン競争の評価軸が変わりつつあることも示しています。今後は毎秒処理件数や手数料だけでなく、取引取り込みの保証、順序付けの公平性、障害時の耐性、執行前の秘匿性といった市場構造そのものが差別化要因になりそうです。
なお、本稿はa16z cryptoによる研究的な主張であり、Strong Chain Qualityや暗号化された取引待機領域などには未解決の技術課題も残っています。それでも、処理能力が一定水準までコモディティ化した後、金融市場向けブロックチェーンの競争軸が「速さ」から「信頼できる執行ルール」へ移るという整理は、オンチェーン金融の次段階を考える上で重要です。
▍Robinhood Chainの薄い流動性が生む高利回り機会
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※免責事項:本レポートは、いかなる種類の法的または財政的な助言とみなされるものではありません。