EthereumにおけるMEV問題と「分散型ランダムブロック提案」の解決策
2025年03月11日
リサーチメモ(masao i)
この記事を簡単にまとめると(AI要約)
※免責事項:このレポートは生成AIで作成されており、査読は行われていますが必ずしも正しいとは限りません。重要な情報は確認するようにしてください。
Ethereum(イーサリアム)はブロックチェーン上の取引処理において、MEV(最大抽出可能価値)と呼ばれる問題を抱えています。MEVとは、ブロック提案者(かつてはマイナー、現在はPoSバリデータ)がトランザクション(取引)の順序や選別を操作することで追加で得られる利益のことで、DeFi取引などが増える中で無視できない存在となっています。
※関連有料レポート:図でわかるMEV入門
このMEVを狙って高度なボットやブロック提案者が暗躍し、通常のユーザーに不利益を与えるケースが後を絶ちません。本記事では、EthereumのMEV問題の具体例と、これを解決するために提案された新しいメカニズム「Decentralized Random Block Proposal(分散型ランダムブロック提案)」の仕組み・目的を整理し、特にMEV対策とEthereumの民主化への影響について分かりやすく解説します。
- 提案資料(提出日:2025年2月28日):Decentralized Random Block Proposal: Eliminating MEV and Fully Democratizing Ethereum
- 提案者:malik672
EthereumにおけるMEVの問題点
Ethereumではトランザクションがブロックに記録されるまでメモリプール(未承認取引の待機所)に滞在しますが、この公開情報を悪用して利益を得る行為が横行しています。代表的なものとして、以下のようなMEV攻撃が挙げられます。
- フロントランニング:他のユーザーの大きな取引を見つけた攻撃者(ボットなど)が、その取引がブロックに入れられる前に自分の取引を先回りで滑り込ませる手法です。例えば誰かがあるトークンを大量購入しようとしていると察知すると、その直前に自分も同じトークンを買い、価格を吊り上げた後で被害者の後に売り抜けて差益を得ます。ブロック提案者やマイナーに追加の手数料を支払って自分の取引を優先的に入れてもらうことで実現します。
- サンドイッチ攻撃:フロントランニングと「バックランニング」(後追い取引)を組み合わせた攻撃手法です。攻撃者はターゲットの取引の前後に自分の取引を挿入し、まさにターゲット取引をサンドイッチのように挟み込みます。具体的には、ターゲットが購入する前に買い(価格を上げ)、ターゲットの購入直後に売る(価格を元に戻す)ことで、ターゲットには高値掴みさせ自分は差額利益を得るのです。この結果、一般ユーザーは気づかぬうちに不利なレートで取引させられ、攻撃者だけが得をする不公平な状況が生まれます。
こうしたMEV抽出はユーザーの損失やネットワークの不公平につながるだけでなく、ブロック提案者側にも権力の集中を招いています。現在のEthereumでは、提案されたPBS(Proposer-Builder Separation)という仕組みにより、ブロックを作る役割(ビルダー)と最終提案・承認する役割(バリデータ)が分離されています。PBS自体はMEV収奪の不公平を緩和する目的でしたが、現状ではブロック構築(ビルディング)を担う一部の事業者に大きな権力が集まってしまっています。事実、2024年後半時点でEthereumブロックの約80%がFlashbotsなど2つほどのビルダー系組織によって構成されていたと報告されており、このわずかな集中が膨大な利益と影響力を握っています(図表1)。
図表1| PBSとの比較(出所:Decentralized Random Block Proposal: Eliminating MEV and Fully Democratizing Ethereum)
ブロック提案の過程が特定企業に偏ることは、ネットワークの検閲抵抗性や分散性(decentralization)を損ない、Ethereum本来の「誰の許可も支配も受けない分散型ネットワーク」という理念に反するものです。
以上のように、EthereumのMEV問題は(二次的な被害であるユーザー取引の不公平だけでなく)ブロック提案者の権力集中という構造的な問題も孕んでいました。この問題に対処し、公平で民主化されたブロック生成プロセスを取り戻すことが課題となっていたのです。
「分散型ランダムブロック提案」とは何か
そこで提案された解決策の一つが「Decentralized Random Block Proposal(分散型ランダムブロック提案)」です。これはEthereum研究コミュニティで2025年2月に提案された新しいブロック生成方式で、簡単に言えば
『ブロック構築の役割を特定のビルダーだけでなくネットワーク上の全ノードに分散し、乱数によって取引選択をランダム化することでMEVの抜け穴を塞ごう』
という試みです。従来は「誰がブロックを作るか」「どの順序で取引を並べるか」を特定の提案者(や委託先のビルダー)が決めていましたが、本提案では「全員で一斉に同じブロックを作り、その内容を多数決で決める」ようなアプローチを取ります。主な仕組みと流れを整理すると以下の通りです。
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乱数の生成とブロック構築の並行実行:各Ethereumクライアント(ノードソフトウェア。例:GethやNethermind)が、同じ乱数アルゴリズムを用いて一斉に次のブロックを組み立てます。この乱数アルゴリズムには、Ethereumのビーコンチェーンが提供する乱数値(RANDAO)とVDF(Verifiable Delay Function、検証可能遅延関数)によって生成された予測不能な種(シード)が使われます。要するに、「各ノードがみな共有できるランダムな数字」を元にして、手元のメモリプールから取引を無作為に選択しブロック候補を作るのです。全ノードが同じ種・同じアルゴリズムであれば、メモリプール内の未承認取引リストが十分同期されている限り、誠実なノード同士はほぼ同一の内容のブロック候補を作成することになります。特定の利益を狙った人為的な順序操作はここでは入り込めません。各ノードは自分でブロックを構築しますが、その中身(取引選択と順序)は乱数によって客観的に決まります。
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同時ブロードキャストと検証:各クライアントが構築したブロック候補をネットワーク上に同時にブロードキャストし、バリデータ(検証者)達がそれを受信します。各バリデータは受け取ったブロック候補を実行し(取引を適用し)、もし二重支払いなど無効な取引が含まれていればそれらを除去した上で、残った有効な取引リストのハッシュ値を計算します。重要なのは、誠実な多数のノードが正しく同期していれば提案されるブロック候補は全て同一になるはずだという点です。仮にネットワーク遅延などでいくつか異なるブロック案が出回った場合でも、最終的に多数派のノードが提案するブロック内容が選択される仕組みになっています。
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BFTによる合意形成:ブロック内容の最終決定にはビザンチン障害耐性 (BFT) コンセンサスアルゴリズムを用います。具体的には、全バリデータのうち3分の2以上が同じブロックのハッシュ値に合意すればそのブロックが正式に承認されます(最大で3分の1までの不正な提案や不一致はネットワーク全体に影響を与えません)。要は、各ノードが提案したブロックに対し多数決をとって内容を確定させるイメージです。ここで少数のノードが意図的に異なるブロック(例えば独自に順序をいじったもの)を提案しても、その他大勢のノードが一致したブロック案には勝てず棄却されます。こうしてネットワーク全体で一つのブロック内容にデータ的な合意が取られます。
- ブロックの承認と報酬:最終的に合意されたブロックはチェーンに取り込まれ、これに含まれる取引が正式に実行・確定します。提案においては、正しいブロックに投票(ハッシュを計算)したバリデータの中からランダムに選ばれた一部に報酬を与える方式も検討されています。この報酬スキームの詳細は割愛しますが、要するにブロック提案や合意形成に参加したノードに公平にインセンティブを配りつつ、従来のような特定ブロック提案者へのMEV報酬集中を避ける狙いがあります。
以上が「分散型ランダムブロック提案」の大まかな流れです。従来との最大の違いは、ブロック内容の決定権が一部の提案者からネットワーク全体に拡散した点と、トランザクション選択がランダム化された点にあります。これによりブロック構築過程の不透明さが減り、各ノードが対等にブロック提案プロセスに関与する形になります。提案者をランダムに選ぶのではなく「全員提案者」にしてしまう発想は、ブロック生成の中央集権化を根本から崩すものと言えるでしょう。
ランダム化によるMEV防止効果
では、この「分散型ランダムブロック提案」は具体的にどのようにMEVを防ぐのでしょうか? 技術的側面も含めて掘り下げます。
まずポイントとなるのが、トランザクション順序の予測不能性です。ブロック内容が暗号学的にランダムに決まるため、従来のように取引順序を人為的に操作する余地が大幅になくなります。特定のブロック提案者(またはMEVボット)が「次のブロックではこの順序で取引を並べ替えて利益を得よう」といった計画を立てても、実際には他の多数ノードが同じ乱数アルゴリズムで構築した公平な順序のブロックに合意してしまうため、恣意的な並べ替えが通用しません。乱数選択によって誰も事前に取引順をコントロールできないことから、ブロックレベルでのMEV(例えば取引順序を利用した裁定取引やフロントランニング)は原理的に排除されます。
具体的な攻撃への影響を考えてみましょう。例えばこれまでのフロントランニングでは、攻撃者は高額な手数料を積んでマイナーやバリデータに自分の取引を先に入れさせることで成立していました。しかし全ノードが従う乱数アルゴリズムによる提案では、手数料に関係なく取引の採用順序がランダムに決定されます。攻撃者がいくら手数料を上乗せしても「順序を思い通りに操作する保証」は得られなくなるのです。結果として、ユーザーの取引より先に割り込むこと自体が運任せとなり、フロントランニングによる確実な利益狙いは極めて困難になります。同様にサンドイッチ攻撃でも、自分の取引を特定のターゲットの前後に配置できるかは運次第となり、失敗すれば単に高い手数料を支払って終わるリスクが高まります。要するに、ブロック提案者による意図的な順序操作ができなくなることで、MEV攻撃の妙味そのものが大きく削がれるのです。
さらに、この方式ではブロック内容の決定がネットワーク全体の合意で行われるため、一部の提案者が恣意的に特定の取引を除外したり遅延させたりする(検閲する)ことも難しくなります。仮にあるバリデータが「気に入らない取引A」を含めたくないと思って自分のノードだけ除外してブロックを作っても、他の大多数のノードは取引Aを含んだブロックを提案するでしょう。その場合、多数派のブロック案に合意が集まり、取引Aはブロックに載ることになります。単独のノードや少数のグループではネットワーク全体のランダム提案に抗えないため、取引の検閲耐性も向上すると期待できます。
もちろん、これでMEVのすべてが消えるわけではありません。提案者によるブロック内でのMEV抽出(ブロックレベルMEV)はほぼゼロになりますが、その一方でメモプール内での競合(メモプールレベルのMEV)は依然として残ります。例えば人気のあるトークンの大型注文がメモプールに現れたとき、複数のボットがそれを検知して競って取引を送り込むような現象です。このようなメモプールレベルの争奪戦は「誰にも完全にコントロールできない小さな断片」として残るとされています。つまり、ブロック提案者という強者が一方的に利益をさらう構図は解消され、残るのは不確実性の高いオープンな競争だけになります。これは完全な解決ではないものの、被害規模も遥かに小さく、かつ公平性の観点では大きな前進と言えるでしょう。
Ethereumの民主化への貢献
「分散型ランダムブロック提案」による最大の効果は、Ethereumにおけるブロック提案プロセスの民主化です。前述のように現在はブロック構築の大部分をごく少数の事業者が握っており、MEV利得もそれらに集中しがちでした。しかし本提案が実現すれば、ブロック構築の役割は全てのEthereumノードに広く行き渡ります。実際、提案者は「全員」ですから、極端に言えば世界中の何千ものノードが共同でブロックを作るイメージになります。その結果、特定の企業や集団が権力を独占する余地はなくなり、ブロック提案というプロセス自体がコミュニティ全体に開かれたものになります。まさにブロック提案を完全に民主化するアプローチだと評価できます。
この民主化は、Ethereumが元来掲げてきた分散性と信頼不要性(trustlessness)の理念にも合致します。誰か特定のプレイヤーを信頼したり頼ったりしなくても、システム全体がランダム性と多数決によって公正に回る設計だからです。現在のPBSではブロックビルダーや中継者(リレー)といった中央集権的なポイントをどうしても信頼する必要がありましたが、DRBPではその必要がありません。ネットワークのすべての参加者が対等にブロック生成に関与することで、「Ethereumを動かしているのは自分たちだ」というコミュニティ主体の意識も高まるでしょう。権力や利益の配分が平準化されることは、長期的に見てネットワークのレジリエンス(耐性)と持続可能性を高めることにもつながります。中央集権的なプレイヤーが存在しなければ、仮に一部のノードが故障・離脱しても他が代替できますし、特定勢力による検閲や談合のリスクも低減します。
さらに付随的なメリットとして、取引の確定スピード向上も期待されています。多数のクライアントが並行してブロック提案・検証を行うため、ブロック生成に要する時間(スロットタイム)を現在の約12秒から6〜8秒程度に短縮できる可能性が指摘されています。これはブロックを組み立ててからネットワーク全体に伝播するまでの待ち時間が、中央集権的ビルダー→リレー→提案者という従来の経路よりも効率化されるためです。迅速なブロック確定はユーザー体験の向上や、将来的な高スループット要求(例えば多数のRollupトランザクションの取り込み)にも貢献するでしょう。もっとも、この点についてはメモリプールの同期精度など課題もあるため過度な期待は禁物ですが、少なくとも従来方式に比べ遅れをとるものではありません。
最後に、この提案の位置づけについて整理します。分散型ランダムブロック提案は現時点では研究段階のアイデアであり、直ちにEthereumのプロトコルに導入が決まっているわけではありません。しかし、その理念は非常に興味深く、コミュニティでも議論を呼んでいます。従来のPBSがブロック構築の効率やL2との整合性(スケーリング面)を重視していたのに対し、本提案は多少の効率や最適化を犠牲にしてでも公平性・分散性を最優先する大胆なアプローチです。例えばランダム選択によりガス手数料収入の最適化が損なわれたり、ロールアップ(L2)の特定順序要求に応じづらくなる可能性は指摘されています。しかしそれでもなお、ブロック生成における権力の偏りを是正し、長年悩まされてきたMEV問題に終止符を打とうとするその方向性は、Ethereumの将来像として大きな魅力を放っています。
結論として、分散型ランダムブロック提案はEthereumのブロック提案プロセスを劇的に変革しうる可能性を秘めています。MEVによる不公平な利益抽出をブロックレベルで封じ込め、ブロック構築の参加権をネットワーク全体に解放することで、より公正で民主的なEthereumエコシステムを実現しようとするものです。このアプローチが実装・採用されれば、ユーザーにとっては「取引が誰かの思惑で操作されてしまうのではないか」という不安が和らぎ、バリデータにとっても特定のビルダーに頼らず自律的にネットワークに貢献できる環境が整うでしょう。Ethereumが元来掲げてきた分散化の精神を取り戻しつつ、経済的な公平さを高めるこの提案は、今後のEthereumの発展において注目すべき取り組みと言えます。
【参考資料】Ethereum Researchフォーラム: "Decentralized Random Block Proposal: Eliminating MEV and Fully Democratizing Ethereum"