BitMEXとBitMartの閉鎖が示すCEX再編|出来高だけでは測れない取引所の価値
2026年07月28日
この記事を簡単にまとめると(AI要約)
目次
- 前提
- BitMEXとBitMartは同じ理由で閉鎖するわけではない
- 出来高が縮んでも、信頼を守る費用は縮みにくい
- CZの発言が示した「CEXを買う難しさ」
- 日本の再編が示す「規制下で築いた規模」の価値
- 考察&総括|CEX再編で問われる「信頼維持能力」
- 参考文献
前提
2026年7月、暗号資産デリバティブ取引所のBitMEXと、グローバルCEX(中央集権型取引所)のBitMartが相次いで取引事業の終了を発表しました。執筆時点では、BitMEXは9月23日に取引所を閉鎖し、BitMartは8月26日に全取引を停止した後、2027年1月31日にプラットフォーム運営を終える予定となっています。なお、歴史と知名度を持つCEXが数日の間に撤退を表明したことで、両社の閉鎖には何らかのつながりがあるようにも見えますが、共通の資金繰り問題や取引先、規制処分などを原因とする直接的な連鎖は、現時点では確認されていません。
一方で、この二つの閉鎖を単なる偶然として切り離すと、CEX事業で進む構造変化を見落とす可能性があります。なぜなら、取引所の収益は市況や出来高に大きく左右されるのに対し、顧客資産の管理やAML・KYC、制裁対応、システム監視、サイバー防御といった運営コストは、市場が静かな時期にも発生し続けるからです。つまりCEXは、好況時には取引増加の恩恵を受けやすい一方で、市況にかかわらず「信頼を維持するための固定費」を負担し続ける事業でもあるといえます。
そうしたことを踏まえて本稿では、両社の閉鎖に至る経緯を切り分けながら、CEX市場で進む再編の背景と、取引所の価値を支える「信頼維持能力」について筆者の私見を交えながら考察します。
BitMEXとBitMartは同じ理由で閉鎖するわけではない
さて、BitMEXとBitMartは近い時期に取引事業の終了を決めましたが、そこに至る経緯は大きく異なります。はじめに、両社の事情を整理します。
まず、BitMEXの閉鎖は、長期的な競争力の低下と経営上の負担が積み重なった末の判断として捉えやすいものです。同社は2014年の創業後、暗号資産市場に永久先物を広めた先駆者として存在感を示しました。しかし、その後はBinanceやBybitなどへ市場シェアを奪われ、かつてほどの市場地位を維持できなくなっていました。
さらに、BitMEXは2024年に米国のBank Secrecy Act違反を認め、2025年1月には不十分なAML・KYC体制を理由に1億ドルの罰金を科されています。また、その翌月には売却先を探していることが明らかになり、2026年6月にはCEO、CFO、成長責任者が相次いで退任しました。こうした流れを踏まえると、BitMEXの閉鎖は、規制対応や競争力低下、売却の難航、そして経営体制の変化が重なった結果と見ることができます。ただし、同社が正式な閉鎖理由として示したのは、あくまで「戦略的レビュー」であり、どの要因が決定打だったのかは明らかになっていません。
一方、BitMartの閉鎖には、BitMEX以上に不透明な部分が残っています。執筆時点において同社は、事業の運営状況や市場環境、将来戦略を検討した結果として、段階的な終了を決めたと説明しています。しかし、グローバルCEOを務めていたNenter Chow氏は意思決定に関与しておらず、閉鎖の公表後にその事実を知ったとしています。
さらに、BitMartは閉鎖直前まで、資産運用部門の運用資産残高(AUM)が前期比で約256%増加したと公表していたほか、予測市場やトークン化資産への進出、規制対応地域の拡大といった成長方針を示していました。そのため、外部に発信していた事業戦略と、実際の閉鎖判断との間には大きな隔たりがあります。
また、同社は2021年にホットウォレットから約1億5,000万ドル相当の資産が流出する被害も経験しており(参考:Crypto exchange BitMart confirms hack resulting in loss of $150 million in crypto - The Block)、セキュリティ体制や過去の運用履歴も、事業価値を考えるうえで無視できない要素です。もっとも、現時点でBitMartに顧客資産の不足や債務超過があると確認されたわけではありません。したがって、突然の閉鎖発表だけを根拠に、経営破綻や支払い能力の欠如と結び付けるのは適切ではないでしょう。
ここからは筆者の見方ですが、両社の共通点は、同じ理由で閉鎖したことではなく、歴史や顧客基盤を持つCEXであっても、従来の形で事業を続けることが容易ではなかった点にあります。それぞれ異なる事情を抱えながら、結果として事業継続を断念した事例として捉える方が実態に近いでしょう。
出来高が縮んでも、信頼を守る費用は縮みにくい
CoinDesk Researchの集計によると、2026年5月のCEXにおける現物取引とデリバティブ取引の合計出来高は、前月比3.45%減の4兆4,100億ドルとなりました。これは2024年9月以来の低水準であり、出来高の減少は4カ月連続です。こうした状況では、取引手数料への依存度が高いCEXにとっては、収益への下押し圧力が強まりやすい市場環境だったと考えられます。
しかし、収益が落ち込んだからといって、取引所の運営に必要な業務まで同じ割合で減らせるわけではありません。なぜなら、顧客資産を預かり続ける限り、ウォレットや秘密鍵の管理、本人確認、不正取引の監視、制裁対象者の確認、システム保守、カスタマーサポートといった機能を維持する必要があるからです。このように、出来高は市況に応じて大きく変動する一方で、信頼を守るための費用は簡単には縮小できないという点が、CEX事業の難しさだと筆者は考えます。
また、取引所を評価する基準にも、こうした運営能力が反映されています。その一例として、暗号資産市場のデータ分析を手がける「Kaiko」は、取引所ランキングを流動性だけで決めていません。具体的には、ガバナンス、事業基盤、技術、データ品質、セキュリティ、流動性の6項目をもとに、CEXを総合的に評価しています。同様に、CoinDeskの取引所ベンチマークにおいても、流動性に加えて、規制対応やガバナンス、財務の透明性、市場の安定性などが評価対象となっています。
つまり、出来高は引き続き重要であるものの、金融機関や機関投資家が取引所を選ぶ際には、安全性や運営体制も重要な判断材料になっているといえます。
さらに、AIの普及によって、セキュリティ投資の負担が一段と重くなる可能性もあります。なぜなら、生成AIによってフィッシングやなりすましを大量に作りやすくなる一方、防御側にも不正検知や本人確認の高度化が求められるためです。Binanceが多数のAIモデルを不正検知へ導入していることからも、大手CEXが防御に投じる規模をうかがえます(参考:AI Versus AI – How Binance Is Defending Users in the Age of Intelligent Fraud - Binance Blog)。
以上のことから、中堅CEXが抱える本質的な問題は、単にBinanceやCoinbaseより出来高が少ないことだけではなく、大手より小さな収益基盤でありながら、規制対応やセキュリティに必要な費用を継続して負担しなければならないことにあるといえます。市場が活況の間は、取引手数料の増加によってこの負担を吸収できますが、出来高が減少すれば、これまで見えにくかった運営体力の差が表面化します。その意味で、CEX再編を左右するのは短期的な出来高の多寡だけでなく、低迷期にも信頼を維持できる事業基盤だと筆者は考えます。
CZの発言が示した「CEXを買う難しさ」
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